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連載コラム記事の完結

今回の記事は、メディアで連載していたコラム記事を紹介します。

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前回の記事で、ブログ作者がライターとして記事を執筆しているVRinsideで連載sていたコラム記事を紹介しました。
そのコラム記事が完結しましたので、改めて紹介します。

【連載コラム】毎日がVR元年(1)不可避なテクニウム進化のメカニズム〈前編〉

【連載コラム】毎日がVR元年(2)不可避なテクニウム進化のメカニズム〈後編〉

【連載コラム】毎日がVR元年(3)不可避なXRテクノロジーの進化システム〈前編〉

【連載コラム】毎日がVR元年(4)不可避なXRテクノロジーの進化システム〈後編〉

【連載コラム】毎日がVR元年(5)不可避に実現するXRテクノロジーの30年後


上記記事には、ブログ作者のオリジナルな視点は含まれてなく、
基本的にケヴィン・ケリー氏のVR・ARに関する考え方をブログ作者の言葉で再構成しています。
しかしながら、テクノロジー全般に関する考え方は、ブログ作者は原則的にはケリー氏に賛成しています。

このブログを始めてから断続的に執筆にしながらも、気がつけば2年が経過しました。
諸事情により、ブログ運営を大きく見直すことを考えています。

ブログ運営に関する記事は、また後日掲載します。

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告知:VR関連コラム記事の紹介

今回の記事は、ブログ作者がメディアで連載している記事の紹介です。

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ブログ作者はライター業に携わっているのですが、最近このブログの内容をネタにした記事を掲載していますので、告知します。

現在、ブログ作者はVRInsideというVR専門メディアで海外記事の紹介を行っています。このメディアで、海外記事紹介のほかにブログ作者がVR・ARについて考えていることを展開したコラム記事を執筆しています。

全6回予定で、現在は4回目まで掲載しています。それが以下です。

【連載コラム】毎日がVR元年(1)不可避なテクニウム進化のメカニズム〈前編〉
【連載コラム】毎日がVR元年(2)不可避なテクニウム進化のメカニズム〈後編〉
【連載コラム】毎日がVR元年(3)不可避なXRテクノロジーの進化システム〈前編〉
【連載コラム】毎日がVR元年(4)不可避なXRテクノロジーの進化システム〈後編〉

以上のコラム記事は、本ブログでインデックスを作成中のケヴィン・ケリー氏の著作『〈インターネット〉の次に来るもの』とその前著『テクニウム』をもとにして執筆しています。

コラム記事の内容は、上記2冊の著作をもとにしているといっても、論述を再構成するような体裁ではありません。ケリー氏の思想を、ブログ作者が自分の言葉で再構築するようなアプローチになっています。

残り2回の記事では、ケリー氏が考える30年後のVR・ARのすがたと、ブログ作者が考えるVR・ARが文化として定着するために解決すべき問題を提起します。

連載コラム記事が完結しましたら、本ブログでまた連絡する予定です。

来月以降は、また『〈インターネット〉の次に来るもの』のインデックス作りに精力的に取り組むつもりです。

VRミュージックビデオのレトリック ⑥ アバター型 もしくは「Björk Digital」感想

今回の記事は、VRミュージックビデオの新しいレトリックである「アバター型」について説明します。

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「アバター型」VRミュージックビデオの発見


「アバター型」のVRミュージックビデオは、現時点ではひとつしか存在しません。現存するアバター型の作品とは、現在日本科学未来館で開催されている「Björk Digital」展で体験できる《Not Get VR》です。

本来ならばYouTubeあたりから同作品のトレーラー動画を引用したいところですが、ないので画像とことばで作品を説明します。

《Not Get VR》を体験するのには、HTC Viveを装着するところから始めます。VRヘッドセットを装着後、3次元のVR空間が広がり、辺りを見回すと光の粒からできた幻像のようなモノが現れます。

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ビョークを知るヒトならば、幻像にビョークの面影をすぐに認めることができます。HTC Viveを装着しているユーザー=鑑賞者は、その幻像の回りを歩くことができます。歩きながら幻像を眺めていると、カメラによって撮影された被写体というより、VR空間内にリアルに存在している何か、という印象を受けます。

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幻像は現れてから程なくして、歌を歌い始めます。歌に合わせてカラダも動かします。幻像はユーザーの動きに対して反応を示しませんが、次第にカラダを変化させて行きます。

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ちなみに
公式サイトによると、幻像は蛾をモチーフにしているとのこと。確かに光の粒ひとつひとつが発光する蛾のように見えなくもありません。蛾をモチーフにしているという情報を下敷きにできるならば、少なくともブログ作者は《Not Get VR》が見せる漆黒のなかで舞う幻像という構図から、速水御舟の《炎舞》を連想してしまいます。

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《Not Get VR》の表現形態をアバター型と形容するのは、以上のような幻像がまさにビョークのアバターのように体験されるからです。

アバター型の特徴


アバター型のVRミュージックビデオにおける表現の特徴は、(HTC Viveという)ハイエンドVRヘッドセットを使って制作していることに由来します。これまで本ブログで紹介してきたレトリックをもったVRミュージックビデオは、全てVRカメラを使って制作しています。そのため、(Google Cardboardのような)モバイル対応VRヘッドセットで視聴でき、かつYouTubeにアップすることも可能でした。

アバター型の作品は、ハイエンドVRヘッドセット対応のアプリとして体験するものです。こうした作品は体験するための敷居がかなり高くなりますが、その高い敷居に見合うまさに異次元の特徴を備えています。

誘導から探索へ


ハイエンドVRヘッドセットで制作することによって、鑑賞者は首の動きに連動した視線の自由のみならず、実際に移動することによって生じるカメラ位置の自由も獲得します。

本ブログでたびたび指摘してきたVR動画の演出に不可欠な視線誘導は、カメラアングルのインタラクティブ性を活用したものでした。カメラポジションのインタラクティブ性をも獲得したアバター型においては、視線誘導ではその可能性を十分に引き出せません。

VR空間内を歩き回り様々な位置と角度からバーチャルなモノを鑑賞できるアバター型に相応しい演出は、視線誘導ではなくVR空間内を探索させることでしょう。つまり、アバター型コンテンツの作り手は、鑑賞者がバーチャルオブジェクトの回りを周遊するようにしむけ、かつ何かしらを発見するようにしかけるのです。

ビデオからライブへ


カメラのポジションとアングルのインタラクティブ性を実現するアバター型ミュージックコンテンツは、もはやビデオというよりはライブの性格が強くなります。

ビデオ=動画とは、作り手がコンテンツの一部を枠撮る=フレーミングした断片を時間軸に沿って見せる表現形式です。

アバター型コンテンツにおいては、視聴者にコンテンツのフレーミングが完全に委ねられるので、フレーミングした断片の追体験という動画表現における前提が解体します。

アバター型コンテンツは、イベントが起こっている場所に行って各人が自由にコンテンツを鑑賞するライブに似た体験となるでしょう。

ただ、アバター型コンテンツとリアルなライブのあいだには決定的な違いがあります。それは物理的制約からの解放です。リアルなライブでは、たいていアーティストは遠くのステージにいて触れるような距離にはいません。アバター型コンテンツでは、アーティストのアバターを文字通り間近に感じることができます。

「Björk Digital」に先立って行われたギズモード・ジャパンのインタビューにおいて、ビョークは「VRはライブよりもいいんじゃないかと思うことすらある。ライブよりも自分に近いところで、そこにいるような体験ができるからとても親密に感じるの。」と言ったのも、アバター型がもつ物理世界からの解放を身をもって体験したからでしょう。

リアルとは別の「リアル」


今まで説明したようにアバター型コンテンツでは、物理世界とさほど変わらない空間感覚と、物理世界的制約からの解放を同時に体験できます。

そうであるならば、アバター型コンテンツは物理世界を忠実に再現するのではなく、物理世界とは別の(場合によっては超えた)リアリティーを追求すべきです。

極端な話、頭上に載せたVRカメラが撮影した動画を見せるVRヘッドセットを装着してライブ会場に行ったら、視覚的にはリアルな世界とさほど変わらない「バーチャルな」体験ができるでしょう。この話がナンセンスに聞こえるのは、(メディアとしての)VRヘッドセットの使い方がメディアの本質に反しているからです。

人間にとって生得的なメディアと言える話し言葉から最新のVRテクノロジーに至るメディア全般の本質とは、物理世界を多重化し拡張することです。決して、物理世界を代替することではないのです。話したいヒトが目の前にいるならば、話しかければいいし、見たい景色があるならば、時間が許す限り眺めていればいいのです。LINEしたり、VRカメラで撮影するのは、その後です。

簡単に言えば、テクノロジーは「できないことをできる」ように使うべきであって、「もともとできること」に使ってもさほど意味がない、ということを主張したいのです。

もっとも、テクノロジーがもたらすアナザーリアリティーという問題は、本記事で論じ尽くすことなど到底できないことなので、いつか改めて論じたいと思っています。

「魔法の世紀」において見えるモノ


《Not Get VR》を体験した後、ブログ作者は過去のビジュアル体験で似たようなものはないか、記憶をたどりました。そして、思い出したのはマンガ「ベルセルク」に登場する魔術師フローラの最期のシーンでした。

20160707_notget_6.png

引用したマンガのひとコマがどのようなコンテクストをもっているかを知らなくても(無論ブログ作者は知っていますが)、このコマが表現しようとしているビジュアルと《Not Get VR》が表現するビョークの流転には何か通じるものがある、という感じるのは無理があるでしょうか?

テクノロジスト兼アーティストの落合陽一は、著書「魔法の世紀」においてデジタル技術を使ってリアリティーを直接的に制御することを端的に「魔法」と表現しています。その「魔法」と対比的に論じられているのが、リアリティーを平面に還元する「映像」です。

VRヘッドセットがもたらすバーチャルリアリティーは、「魔法」と「映像」のどちらに属しているのでしょうか。

ブログ作者の考えを言えば、少なくとも《Not Get VR》というVRコンテンツから感じたことは、「映像」ではなく「魔法」でした。

正直なところ、さんざんVRについてブログで書いておいて、ブログ作者は未だにVRに関して半信半疑です。2020年東京オリンピックの頃にVRテクノロジーが華開いているか、と尋ねられたらフィフティー・フィフティーだと答えます。

しかしながら、VRがかける「魔法」から今しばらくは解かれたくない、といのが嘘偽りのない本音です。

VRミュージックビデオのレトリック ⑤ まとめ

今回の記事では、VRミュージックビデオのレトリックをまとめて考察します。

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表に見るVRミュージックビデオのレトリックのまとめ


これまでに説明したVRミュージックビデオのレトリックは、4種類ありました。

VRミュージックビデオのレトリック一覧表
アクション型 ヒトの動きによる視線誘導が発生する作品
パノラマ型 画面構図の変化によって視線誘導が発生する作品
ドライブ型 カメラドリーによって視線誘導が発生する作品
トラディショナル型 視線誘導が発生しない伝統的動画を踏襲した作品


VRミュージックビデオを構成する要素には、以下のようなものがあるように思います。

VRミュージックビデオの構成要素一覧表
被写体 アーティストであったり、画面そのものであったりする
視線誘導 どのような視線誘導を使っているか
撮影素材 実写なのか、CGなのか
※視線誘導については、以前の記事を参照

以上の構成要素とレトリックの組み合わせを表にすると、次にようになります。

VRミュージックビデオの構成要素とレトリックの対照表
被写体 視線誘導 撮影素材
アクション型 ヒト アクション誘導 実写およびCG
パノラマ型 画面 アクション誘導 実写およびCG
ドライブ型 画面 カメラドリー誘導 実写およびCG
トラディショナル型 ヒト なし 実写


この表を参考から言えることは、VRミュージックビデオにおいてもアクション誘導が使いやすい、ということでしょうか。VR劇動画の演出においても、アクション誘導は必須なことを合わせ考えると、VR動画の視聴者は動くモノを目で追いかけた方が作品を楽しめるといったところでしょうか。

VRミュージックビデオの構成要素の組み合わせには、これまで紹介したレトリックにはなかった未知のものも考えられます。以下の表は、構成要素のうち被写体と視線誘導に焦点を当てて考えられる可能な組み合わせと、レトリックの関係をまとめたものです。

VRミュージックビデオの構成要素の可能な組み合わせ
アクション誘導 カメラドリー誘導
被写体がヒト アクション型 なし
被写体が画面 パノラマ型 ドライブ型


以上の表から言えることは、ヒトを被写体としたカメラドリーによる視線誘導を使った作品はまだない、ということです。


ヒトを被写体としてカメラドリー誘導を使った作品とは、どのような作品でしょうか。すぐに思いつくのは、逃げるヒトを主観カメラが追うようなシチュエーションの作品です。こうした作品を、ブログ作者は探してみましたが、ぴったり条件を満たすものは見つかりませんでした。

このブログでは、VR劇動画とVRミュージックビデオの批評的考察を連載してきました。執筆の過程で、伝統的動画とVR動画の中間に位置するような映像作品を発見できました。それは、POV(Point of View)撮影による伝統的動画です。POV動画は、伝統的映画および伝統的ミュージックビデオの両方に作品例があります。POV動画の発展形が、もしかしたら未来のVR動画のヒットコンテンツになるかもしれません。考察の最後に、POV動画を引用します。

Cinnamon Chasers《Luv Deluxe (Music Video) 》



Cinnamon Chasersの《Luv Deluxe (Music Video) 》は、カップルの逃走劇風の動画に音楽を合わせたもの。

《HARDCORE HENRY Official Trailer (2016) First Person Action Movie HD 》



《HARDCORE HENRY》は世界初の全編一人称カメラ撮影によるアクション映画。2016年4月8日に公開され、オープニングで興行収入5位にチャートインしました。FPSのゲームの世界をそのまま映画にしたように作りで、今後現れるであろう長編VR劇動画を予感させるものとなっています。


ブログでは、今後もVR関連記事を掲載していきます。

VRミュージックビデオのレトリック ④ トラディショナル型

今回の記事では、トラディショナル型のVRミュージックビデオを説明します。

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VRミュージックビデオのレトリック ④ トラディショナル型


「トラディショナル」という言葉が「伝統的」と訳されるように、『トラディショナル型』のVRミュージックビデオは伝統的ミュージックビデオの演出方法を色濃く継承しています。「トラディショナル型」の特徴を簡潔に言えば、伝統的ミュージックビデオのカメラをVRカメラに置き換えた映像技法、と表現できます。トラディショナル型では、VR動画における演出の要といえる視線誘導が発生しません。

トラディショナル型の作品ではVRカメラで撮影しているので、当然ながら視聴者は360度にわたり視線の自由が与えられます。しかし、これといった視線誘導が働かないので、結果的に楽曲を演奏しているアーティストを見ることになります。というより、アーティスト以外のドコかを見たところで、何の意味もないのです。

トラディショナル型には、さらに「ライブ的」「360度ライブ的」「スナップ的」という3つのサブクラスがあります。

The New Orleans Jazz Orchestra《The Resurgence of Jazz In New Orleans》



ライブ的トラディショナル型の作品とは、伝統的動画における音楽ライブ映像をVRカメラで撮影したものです。VR動画を特徴づける視線誘導は一切ありません。

《The Resurgence of Jazz In New Orleans》は、指揮者へのインタビューパートと演奏パートから構成されていますが、そのどちらもVRカメラで撮影しなければならない積極的な理由は考えられそうにありません。視聴者には視線の自由がありますが、インタビューパートでは指揮者を、演奏パートでは演奏者を見る以外には意義が見出せません(楽曲は良質ですが)。

ANGERME(アンジュルム) 《【ゾクゾクッ♡】360°ささやきボイス | 360°Idol Whisper》




360度ライブ的トラディショナル型は、VRカメラの周囲を取り囲むようにして被写体(=アーティスト)を配置しているのが特徴です。ライブ的トラディショナル型では、被写体の配置が伝統的動画と同様な横一列に比べれば、VRというメディアに対して自覚的です。

被写体の配置がVRカメラを囲んでいるため、視聴者はドコを見てもアーティストのパフォーマンスを鑑賞することができます。がしかし、ドコを見ても同じようにしか見えません。360度ライブ的トラディショナル型の作品は、一見するとパノラマ型のような印象を受けます。しかしながら、パノラマ型では必須である視線誘導が発生していないのです。

パノラマ型の作品は、画面の変化が視線の誘導を誘発する仕組みになっています。そのため、視線を変えると画面の構図も変わります。対して、360度トラディショナル型では、視線を移すことによって変化するのは視線の先にある被写体です。360度ライブ的トラディショナル型の作品における視線の移行は、構造的には伝統的動画において注目する被写体を変える以上の意味はありません。いつドコを見ても、カメラの前に被写体がいるという構図は変わらないのです。

ANGERME(アンジュルム)の 《【ゾクゾクッ♡】360°ささやきボイス | 360°Idol Whisper》は、これまで説明してきた360度ライブ的トラディショナル型の典型的なミュージックビデオです。視線をドコに移しても、メンバーのキラキラしたパフォーマンスが見れます。

Voltaj《Din toata inima pentru Nationala Romaniei (Official 360° Video) 》




スナップ的トラディショナル型もまた、伝統的ミュージックビデオの演出をそのまま踏襲しています。踏襲しているのは、画面をまるでストリートスナップを撮影するかのように頻繁に切り替える演出です。伝統的な撮影方法との違いは、VRカメラを使うところだけです。

《Din toata inima pentru Nationala Romaniei (Official 360° Video) 》は、スナップ的トラディショナル型の典型的な作品例です。頻繁にシーン転換が発生しますが、視線誘導は一切起こらないので、視聴者はアーティストを見る以外にほかに見どころが見出せません。

トラディショナル型のミュージックビデオは、VRというメディアの特性を最大限には有効活用していない、といわざるをえません。そのなかでも360度ライブ的トラディショナル型だけは、VRミュージックビデオ特有の演出として発展する余地がありそうです。

次回の記事では、今まで紹介した4つのレトリックをまとめます。



プロフィール

吉本幸記

Author:吉本幸記
元エンジニアのフリーライター。テクノロジー系の記事を執筆している。アートにも関心がある。美術検定3級取得

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