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表面世界の行方 (15) ウェアラブルとIoTを超えて

 前回の記事では、Apple Watchの開発秘話からエッセンスを抽出してウェアラブル端末とIoTデバイスの設計に役立つタンジブルアフォーダンスデザインの原則を提案しました。
連載最終回にあたる今回の記事では、ウェアラブルとIoTがコンピュータの文化史において如何なる意味があり、さらにこの先どのような未来が展望できるのかについて見ていきます。

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図1 世界様式と表面世界の変遷

 ウェアラブルとIoTという技術トレンドは、物理世界と情報世界の相互作用を本質とするコンピュータのメディア体験の可能性を展開しているに過ぎない市場的イノベーションなのでしょうか。それとも、新たな世界様式を堆積させる歴史的イノベーションなのでしょうか。この問いに答えるには、これまで個別に見てきた世界様式をひと続きの流れとして眺望して、その流れが向かう方向性を理解する必要があります。

 図1は世界様式の変遷を図示したものです。世界様式をひと続きの流れとして眺望してわかることは、人間は文字の発明以来コンピュータ文化が隆盛している現在に至るまで、情報をモノの表面において処理していたことです。電話のような音声複製技術にしても、テクノ画像の意味論で見たように、音声を複製する装置は文字による設計図なしには発明も製造もできないので、モノの表面における情報処理の産物です。それゆえメディア史とは、モノの表面に可視化した情報を物理世界のリアリティーに近づけていく歴史と言えます。こうしたメディア史に通底する特徴は、表面世界化技術の進化とも形容できます。表面世界化技術の進化において、情報を写したモノは質•量ともに増大してきましたが、それでも人間を取り囲むモノのなかの一部に過ぎません。

 ウェアラブルとIoTは、IT機器の活用範囲をかつてないほど拡大する試みである以上、情報に関連するモノ=メディアを進化させてきた表面世界化技術史上において看過できるような出来事では決してありません。それでは、ウェアラブルとIoTがふたつのイノベーションのどちらかという問いには、この技術が情報を制御する範囲をどのような仕方で拡大していくかによって、異なる答えがあるように思われます。あり得る答えは、少なくともふたつあります。

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MIT Media LabではUIを研究しているグループがTangible Media Groupの他にも多数ありfluid interfaceもそのひとつである。fluid interfaceはその名が示す通り、UIを既存の固定的=ソリッドな装置の一部ではなく、流動的=フルーイドなものと捉えたアイデアを多数のデモで実現している。画像はRealty Editorと名付けられたデモ。このデモでは、タブレットのディスプレイに表示された物理的なオブジェクトを、AR技術によって実現したバーチャルなUIを使って制御している。Reality Editorのデモ動画はこちらで見ることができる。fluid interfaceチームが発表した他のデモでは、首に下げたペンダント上の端末からバーチャルなUIを投映して、あらゆるモノの表面にGUIを出現させるsixthsenseがある。これらのデモは、いずれもスマホディスプレイ中心主義の洗練された形態である。

 ひとつめの答えは、ウェアラブルとIoTを「万物をスマホと連繋させる技術」である解釈した現在の体勢的な考えに基づいたものです。この解釈を押し進めると、万物をスマホのディスプレイで制御するライフスタイルを実現する可能性があります。この解釈は言って見ればスマホディスプレイ中心主義です。このイズムは、実は表面世界化技術の最先端形態と言えます。スマホディスプレイが万物を支配する文字通りの物理世界と情報世界のUIになるのです。この場合は、どんなに物理世界と情報世界の相互作用が複雑化•広域化しても、ディスプレイを境目としたリアルとバーチャルの対立は現在と同様に続いていきます。したがって、コンピュータが生んだ世界様式を改変することはありません。ウェアラブルとIoTも、さらに洗練された表面世界化技術によって乗り越えられる市場的イノベーションに留まるでしょう。

 ふたつめの答えは、ウェアラブルとIoTを生活における主要なUIをGUIからTUIに改変する萌芽と解釈した場合のものです。この解釈は、今手にとって使っているモノの在り方に即してデジタル的相互作用を発生させようとする考えに基づいています。この考えは、情報を触知できる立体的なものとして捉えようとするので、情報立体化主義とも言えそうです。このイズムは、人間とコンピュータの相互作用を表面を介したものから立体を介したものにします。これまでバーチャルに関わっていた情報が、言わば手でつかめるようなリアルなものになるのです。ディスプレイを堺目としたリアルとバーチャルの対立に変更を迫るので、情報立体化主義はコンピュータの世界様式に変化を起こす歴史的イノベーションとなり得ます。ふたつめの答えから導かれるウェアラブルとIoTの意義は、この技術は情報立体化主義の嚆矢となった、というものです。情報立体化主義は、革新的なUXをもたらし得ますが、今までにない負の側面も孕んでいます。現在、ディスプレイ上でしか起こっていないハッキング被害が、物理的な出来事として起こるかも知れないのです。

 今後の日常生活におけるデジタル的相互作用経験の拡大を占ううえで、モノを人間=ユーザが操作する方法に基づいてふたつに大別すると、スマホディスプレイ中心主義と情報立体化主義の本質がより鮮明になります。日常生活において人間を取り巻いているモノには、ユーザから離れて機能するモノと、ユーザが手で操作している時に限り機能するモノがあります。前者のモノはリモートオブジェクト、後者はタンジブルオブジェクトと呼ぶのが適切でしょう。リモートオブジェクトの例は、照明、ドアロック、テレビ等です。タンジブルオブジェクトの例は、イス、キッチン器具、情報端末等です。IoTの第一波はは、リモートオブジェクトをスマホディスプレイ中心主義的な設計思想で押し進められるでしょう。というのも、リモートオブジェクトは言うまでもなく遠隔操作と親和性が高いからです。しかし、IoTの波をタンジブルオブジェクトにまで及ぼそうとすれば、設計思想を情報立体化主義に転換することを余儀なくされるでしょう。操作するモノとのデジタル的相互作用を、わざわざスマホで再現するのはナンセンス以外の何者でもありません。とは言うものも、もしかしたらIoTは、リモートオブジェクトにデジタル的相互作用を付加することで収束するかも知れません。

 今後のコンピュータ文化を占うメルクマールは、ウェアラブルとIoTの統合形態と捉えられるスマートハウスがどのように実現するか、ということにありそうです。もっとも、もしかしたら上記ふたつの答えに該当しない新たなイズムが考案されるかも知れませんし、ITの進化自体が停滞する可能性も完全には否定できません。ウェアラブルとIoTがどのように結実するかは、早くて5年後、遅くとも10年で分かるのではないでしょうか。iPhoneが今日の地位を確立するのには、8年を要しました。

 これで連載記事「表面世界の行方」を終わります。この連載記事の真価を評価するためには、スマートハウスが完成するであろう10年後まで待たなくてはなりません。そこまで待たなくとも、ブログ作者としてはこの連載記事の一部を読むことによって、テクノロジーとコンピュータを文明を発展させる動因として捉える見方に気づいて頂ければ、非常に意義深いと思っております。文明史に沈潜して、その沈み込んだ深みからテクノロジーを俯瞰することは、最新のガジェットやアプリに精通することによっては決して見えないものが見えてくるように思うのです。「ナニをエラそうなことを」と思う方は、ぜひブログ作者を罵って下さい。なんなら炎上を起こしても構いません。リアクションこそが、いちばんの賛辞なのですから。

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Tangible Media Groupは記事でも言及したキネティックTUIのデモを継続的に発表している。画像のデモは、2015年に発表されたTransform。このデモでは、ユーザの日常的な行為に応じて形状を変化させるテーブルを実現している。ユーザと物理的なオブジェクトの相互作用をデジタル的に制御しているのである。Transformにおけるテーブルの形状変化は、テーブルを構成している格子状に分割された直方体が上下動することで実現している。Tangible Media GroupではキネティックTUIを実現するために最適な素材の研究もしている。その素材研究の最終的な目標は、分子ひとつひとつを量子コンピュータで制御することで物体を自在に操ることにある。


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表面世界の行方 (14) タンジブルアフォーダンスデザイン

前回の記事では、Apple Watch開発秘話を読み解くことで、質の高いUXをもたらすウェアラブル端末を設計するためには、スマートフォンを生み出したGUI的設計からの発想転換が求められることを確かめました。
今回の記事は、前回の記事を踏まえて、ウェアラブル端末とIoTを設計するための指針を提案したいと思います。 

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2015年発売予定のウェアラブル端末”Volvorii Timeless”。ハイヒールに貼られたE-Ink素材が様々な柄を表示する機能を実装している。デジタル処理できる模様というアイデアは、ファッションとテクノロジーの最適な調和を実現しているように思われる。しかし、この端末は柄の制御をスマートフォンから実行しなければならない。制御機構を靴の方に実装することはできないのであろうか。柄を変えたい時に、いちいちスマホを取り出すのが面倒な時もある。端末の詳細はこちらを参照。

 Apple Watchは、それ以前のウェアラブル端末の特徴であった「スマホと連繋するアクセサリー」や「高機能なヘルスメーター」とは一線を画した、真に新しいUXをもたらすデバイスになっています。Apple Watchが革新的なデバイスとなった理由は、ウェアラブルな端末であることの意味を再解釈し、その解釈に沿ってデバイスを設計したからのように思われます。こうしたApple Watchで実践された設計プロセスを一般化すれば、今後のウェアラブル端末とIoTデバイスの設計と評価に役立つのではないでしょうか。以下にApple Watchの設計アプローチからインスパイアされた設計ガイドラインを、タンジブルアフォーダンスデザインと名付けてアフォリズム風にまとめます。なおこの名前は、GUI的設計の限界を超える着眼点として触覚によるUI設計を重視することに由来します。このデザインアプローチは、以前の記事で言及したTUIが言わば設計理念だったに対して、より実践的な意味合いを込めています。

ウェアラブル端末とIoTデバイス設計のためのタンジブルアフォーダンスデザイン7ヶ条

1.汝自身を知れ
そのデバイスは何のために存在するのか。ユーザに何をもたらすのか。デバイスの存在意義は、暫定的にでもいちばん最初に決めるべきです。そして、その存在意義はできる限り熟考すべきです。Apple Watchは存在意義を決める段階で、既存のウェアラブル端末を凌駕することを約束されたようなものでした。この段階で「スマホと連繋する何か」で思考を停止していたら、その後のプロセスがどんなに成功しても凡庸なデバイスしか完成しないのではないでしょうか。

2.心(脳)が先。身体は後。
存在意義が決まったら、次はそれを実現する機能をリストアップします。この段階では、(腕時計とか生活家電といった)開発するデバイスの祖先にあたる装置の仕様に拘泥せず、自由に多くのアイデアを出すべきです。アイデアを数多く出して、良いアイデアとそうでないものを選別する過程で、次第に目指しているデバイスの本質と仕様上の制約が見えてくるのではないでしょうか。Apple Watchの場合は、相互作用する時間と画面サイズでした。

3.限界を知れ
実装したい機能を選別することを通して見えてくる仕様上の制約こそが、そのデバイスの本質的仕様となります。逆に言えば、この仕様上の制約が見えてくるまでは、実装したい機能を考え続けるべきです。
この段階から、ハードウェアの設計を着手するのが適切です。見つけた制約に違反するようなハードウェア作りは、デバイスの存在意義を損ないかねません。

4.限界を超えろ。わけても手で
制約を守りながら、より早く、あるいはより簡単に機能を実行する方法はないか。この段階でソフトウェアとハードウェアの連繋が重要になります。ソフトウェア上の洗練で足りるのか。ハードウェアを設計し直さないと克服できないのか。もっとも創意工夫、クリエイティビティが求められる過程と言ってよいでしょう。
限界をこえるアプローチとして、触覚による操作を見直すことが有効でしょう。脳波によるコントロールやテレキネシスが一般的ではない現状では、結局のところデバイスに触れなければなりません。Apple Watchはこの段階で、Digital Touch、感圧タッチという革新的なアイデアを出しました。

5.神は細部に宿る
かたちや大きさは存在意義や制約を満たしているのか。デバイスを構成するすべての要素について、リファインする余地がないか見直すことを忘れてはいけません。
ウェアラブル端末とIoTデバイスには祖先にあたる装置があります。その装置のディテールは参考になるでしょう。

6.デザインはファッション。ファッションはデザイン。
ウェアラブル端末とIoTデバイスの祖先にあたる装置は、歴史的に洗練されてきた見た目=ルックスを備えているはずです。祖先と同等のルックス上の洗練と多様性を、ユーザに提供する方法はないでしょうか。ウェアラブル端末とIoTデバイスは、もともとはなかったデジタル情報処理機能をモノに付加しています。スマホのようなネイティブな情報端末より一層ルックスやファッション性に配慮すべきです。

7.ユーザ幸福中心設計
コモディティ化したガジェットに溢れかえった現代では、何となく便利そうだったり、何となくカッコいいだけのモノを買ってくれるのは、一部のガジェットマニアだけです。そのデバイスを買って、ユーザがより快適な生活を送れるようになるのか。ユーザに幸福なUXをもたらすデバイスが支持され生き残っていくのでしょう。

 以上の7ヶ条は、デバイス開発者だけではなくユーザにとっても意義のあるものだと思われます。というのも、今後現れるであろうデバイスの出来映えを測る試金石となるからです。

 とは言うものも、これまで連載してきた記事はウェアラブル端末やIoTデバイスの今後の動向に対する関心からだけで書かれているわけではありません。この記事を執筆した本当の目的は、メディア史を独自の観点から振り返ることを通して、コンピュータのメディア体験を再解釈し、その未来を展望することです。Apple Watchを取り上げたのも、あくまで現在を代表するメディア体験を分析するためなのです。連載最後となる次回の記事では、未来におけるコンピュータのメディア体験を見ていきます。

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有名なクラウドファウンディングサイトであるkickstarterにはスマホに接続する「スマート」家電を開発するプロジェクトが多数存在する。画像はスマホから遠隔操作できるやかん「AppKettle」である。スマホからの遠隔操作によって、年にして33時間の時間の節約と節電が可能になるという。このやかんの開発者は『星の王子さま』の有名な一節を知らないのであろうか。地球に来た星の王子さまは、喉の渇きを止める薬を売る物売りに出会った。その薬を飲むと週に53分時間を節約できると言う。「節約した時間は好きなことをすればいいさ」と物売りは言う。「ぼくなら節約した時間でゆっくり水を飲むけどなぁ」と王子さまは思った。このプロジェクトは目標出資額が165000ポンドのうち64876ポンド(目標額の約40%)集まったところでキャンセルされた。開発会社のサイトに行くと2015年末から2016年初頭にはリリースするとアナウンスしている。こちらがkickstarterの該当プロジェクトのページ。

表面世界の行方 (13) AppleWatch開発秘話

 前回の記事では、ユーザとデジタル情報の相互作用を触覚によって実現するTUIを確かめました。
今回の記事では、AppleWatch開発秘話を読み解くことで、TUI的発想の実践例を確認します。

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機械式時計の主なイノベーションは18〜19世紀に活躍した時計技師アブラハム=ルイ•ブレゲが起こした。彼は時計の歴史を200年進めたと賞賛されている。彼が起こしたイノベーションのひとつに、時計に内蔵されたハンマーを打つ音で時刻を知らせるミニッツリピーターがある。この機能は、文字盤が見えない暗闇であっても時刻が分かるようにするために発明された。画像はミニッツリピーターのムーブメント。腕時計が製品化されるきっかけは、砲撃のタイミングを測るために砲兵が懐中時計を腕にくくりつけたことにあると伝えられる。AppleWatchは、ユーザの注意をポケット=懐中にあるiPhoneから手首に戻そうとしている。

 US 版WIREDは、2015年4月2日「iPhoneキラー:Apple Watchの隠された歴史」と題された記事(邦訳記事はこちら) を掲載しました。この記事を読むと、AppleWatchがiPhoneをカイゼンして作られたのではなく、発想の飛躍があったことが分かります。

 前CEOであったスティーブ•ジョブズが死去して間もなくスタートしたAppleWatchの開発は、まず最初にApple製腕時計のレゾンデートル=存在意義を定義することから始まりました。その存在意義とは、今や一種の中毒の感もあるiPhoneに依存したユーザを、iPhoneから解放するデバイスであるとされたのです。既に発売されている凡庸なウェアラブル端末の特徴は、スマートフォンと機能連繋する言わば身に着けるスマートフォンです。対して、Apple Watchはスマートフォンに取って代わる腕時計型の何かです。まさに” Think difference”だったのです。

 ”Think difference”の姿勢は、新デバイスを開発する手順としてソフトウェア=機能をリストアップすることを優先したことにも表れています。腕に着けるデバイスだからと言って、既存の腕時計と同じ形状である必然性はありません。既存の腕時計のイメージに捕われてしまうと、「高性能な腕時計」を発想してしまう恐れがあります。AppleWatchは「腕に着けるAppleのテクノロジー」であって、「Apple製腕時計」ではないのです。

 Apple Watch に実装する機能をリストアップするうちに開発チームは、腕に着けるというコンセプトに由来するふたつの制約に気づきました。ひとつめの制約は、腕を上げてディスプレイを見つめられる時間は、5秒程度が最適で長くとも10秒以内であることです。もうひとつの制約は画面が小さいことです。そして、小さい画面に対してGUI的な発想で画面を設計すると視認性が低下するか、複雑な操作をユーザに要求してしまうので、Apple WatchのUI設計にはiPhoneとは異なるアプローチが不可欠でした。

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共感覚とは特定の知覚が質の異なる知覚を誘発する現象である。代表的な共感覚現象には、色を見て音が聞こえたり、ある文字に色の知覚が伴うものがある。抽象絵画の創始者であるカンディンスキーは音を聞いて色を感じる共感覚を持っていた。彼は絵画は具体的なモノを描写しない音楽のようにあるべきだと考えていた。画像はカンディンスキー作「穏やかな緊張(mild tension)」。彼の絵は、2012年Appleデザイン賞を受賞したiOSアプリMusynの画面を連想させる。Musynはタップすると音がなる多数のアイコンを画面に配置して楽曲を制作するアプリである。

 開発チームは、ふたつの制約を克服するUIを作る際に、腕時計型端末は常に手首に接しているという特徴に着目します。デバイスが常時接している手首が何かを触知できれば、ディスプレイに通知を表示する必要がないのです。こうして生まれたのがDigital Touchです。この機能を開発する過程では、あるタップと音の組み合わせがどんな視覚的イメージを喚起するかという共感覚的なテストを繰り返しました。

 画面サイズに由来する表示可能な情報量の制約は、タップ操作を分節化することで対処しました。その機能が感圧タッチです。画面をタッチする圧力を検知することで、画面にメニューアイコンを表示することなく、ユーザをサブメニューに誘導できるのです。サブメニューを表示するためにユーザが行うことは、画面を強く押すだけです。

 Appleの細部へのこだわりは徹底しています。小さい画面でも高い視認性が得られるように、Apple Watchのために新しいフォントも発明しました。新しいフォントを設計する際には、腕時計の文字盤の字体を参考にしました。

 身に着けるテクノロジーとは、同時に身に着けるファッションであることも意味しています。Appleは本来、製品ラインナップを絞り込んでユーザに最良のものを届けることをポリシーにしていました。しかし、ファッションアイテムでもあるApple Watchでは従来のポリシーを覆して、ユーザに多くのオプションを与えることをしました。Apple Watchでは、価格、サイズ、バンドの組み合わせによってユーザの個性を表現できるようになったのです。

 こうして完成したAppleWatchはユーザに何をもたらすのか。その答えは、WIREDスタッフが記事を執筆するにあたりAppleのヒューマンインタフェースグループを率いるアラン•ダイにインタビューしたときの様子に表れています。ダイ氏の自宅で行われたインタビューは、彼が時おりApple Watchを一瞥しながらも、彼も彼のそばにいた子供たちも受信したメッセージに気をとられることなく進められました。そして、インタビューが終わるまで一度もiPhoneを見ることはありませんでした。AppleWatchは、少なくともiPhoneよりはリアルな時間を過ごす余裕をもたらすのかも知れません。

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Apple参入前の世界の時計メーカーのシェア順位は、上位がスイスの時計メーカーが占めており、1位は大衆時計から高級時計を手がけるSwatchグループである。AppleWatchの販売個数は、控えめに見積もっても2015年度に1000万個と予想されている。簡便化のため1個の価格を500ドルとしてAppleWatchの売り上げを試算すると、Appleは時計業界4位のメーカーになる。上位3社は依然としてスイスメーカーが占めているものも、参入前はアメリカ国籍企業では1位だったFossilを抜くことになる。また日本国籍メーカーのシェア合計と、Apple単独のシェアが等しくなる。この試算はかなり控えめなものである。グラフの作成には、こちらの統計記事とこちらの経済記事を参考にした。


表面世界の行方 (12) TUIの世界

 前回の記事では、様々なコンピュータデバイス=CDをUIに着目して類型化しました。
近年台頭しているウェアラブル端末についても類型化することを通して、Apple Watchのユニークさがどこにあるかも突き止めました。Apple Watchは触覚に訴えるUIを採用していたのです。触覚に訴えるUI設計は、Apple Watchをはじめとしたウェアラブル端末およびIoTに非常に有益です。
今回のブログでは、触覚に訴える設計思想を長年にわたり研究しているMIT Media LabのTangible Media Groupのデモを分析していきます。

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画像1 Urp スタティックTUIアプリのデモ
このデモが動く動画は、こちら

 MIT Media Labの研究グループのひとつであるTangible Media Groupは、その名が示す通り手で触れられる=tangibleなデジタルメディア体験を研究しているグループです。コンピュータのUIの歴史はパンチカードによる入力から始まり、次いで文字を介したCUIが生まれ、そして現在主流のGUIが考案されました。GUIは可視化されたデジタル情報との相互作用を可能にすることで、直観的な操作感を実現しました。スマートフォンに実装されているタッチスクリーンは、データの入出力部分と表示部分を一体化することでさらに直観的に操作できるようになりました。しかし、人類の歴史と現在の日常生活を顧みれば分かるように、人間は視覚だけではなく触覚から多くの情報を得て、何らかの行為を実行し、問題を解決しています。高度情報化社会である現代であっても、日々触れているモノの数と種類は、情報端末よりデジタル情報との相互作用が発生しない日用品の方が圧倒的に多いことに気づくはずです。Tangible Media Groupが提唱するTUI(Tangible User Interface)とは、フォークから手に伝わる抵抗から食べ物の固さを推し量るように、触覚とデジタル情報の相互作用を構築してUIに組み込む設計思想です。

 画像1はTUI研究初期(1999年)に作られたデモアプリであるUrpです。このアプリは都市計画をシミュレーションするものです。Urpと同様の目的を実現するGUIアプリとの違いは、GUIアプリでは建物がディスプレイ上のヴァーチャルなモノであるのに対して、Urpは実際に手で触れることができる物理的な模型=モノであることです。画像1に示されているように、机上に配置された模型を手で動かすと、机上に投映されている風力と風向を表現する矢印が模型の位置に連動して変化して、都市計画をシミュレーションするのです。実のところ、Urpはシミュレーションにおける多くの情報との相互作用を、手を使った模型の移動ではなく、平面的に処理されたビデオ画像によって表現しています。TUIの設計思想を徹底するのであれば、手による模型の移動=入力に対する風の抵抗のような出力も、投映されたビデオ画像ではなく、例えば模型の形の変化といった手で確認できるような仕方で表現するべきです。Urpのような手で触れて操作するオブジェクトの(色や形といった)物性が変化せず、デジタル情報との相互作用を半ばGUIに依存しているTUIアプリはスタティックTUIと呼ばれます。最近まで開催されていたチームラボ遊園地の多くのアプリは、スタティックTUIに分類されます(例えば「つながる!積み木列車」はUI設計がUrpと瓜二つです)。

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画像2 inTouch キネティックTUIアプリのデモ
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 画像2に示されたinTouchは、ユーザとデジタル情報の相互作用を手による触知で実現したTUIアプリです。アプリはケーブルで繋がれたふたつの端末から構成されています。それぞれの端末には木製の軸がはめ込まれており、手で回すことができます。片方の端末の軸を回すと、軸の回転角度と回転速度がデジタル情報化された後に、もう片方の端末の軸の動きに反映されます。こうした軸の回転の同調は、双方向的に実行できます。inTouchは、触知の遠隔通信、いわゆる「テレプレゼンス」を実現しているのです。inTouchのようなデジタル情報との相互作用を物体の変化というかたちで触知できるようなTUIアプリは、キネティックTUIと呼ばれます。

 Apple Watchには、実はキネティックTUI機能が実装されています。それがDigital Touchです。この機能は、Apple Watchを手首に着けている二人のユーザがいる場合、片方のユーザがApple Watchのディスプレイをタップすると、もう片方のユーザのApple Watchが振動して手首にタップを感じさせるものです。Digital Touch機能は、手首に接しているという腕時計の特徴を生かしたコミュニケーションを発明したことによって、iPhoneでは実現できないUXを可能にしています。

 既存のモノの特性を生かした情報端末の開発というアプローチは、Apple Watchに限らず全てのウェアラブル端末およびIoTに有効であるように思われます。そして、既存の多くのモノが手で触って操作している以上、TUI的なUI設計こそがモノの特性を生かしたアプローチと言えないでしょうか。

 次回の記事では、Apple Watch開発秘話を読み解くことで、モノの特性を生かしたUI作りの実践例を紹介します。


現在主流となっている3Dモデリングアプリは、平面上に立体物を表現する発想法である遠近法の理解に加えて、複雑なアプリの操作を習得しなければならない非常に専門性の高いものとなっている。このことは、絵を描くこと自体は幼児でもできるのに、立体感のある写実的な絵は訓練なしには描けないことに通ずる。しかし、立体物のモデリングを平面ではなく、立体的に実行できるならば、ちょうど粘土をこねるように特別な訓練なしに直観的に制作できるのではなかろうか。上の動画は、立体物とユーザのTUI的な相互作用を実現したTUIアプリであるRecomposeが動作する様子を示している。近年台頭している3Dプリント技術は、3Dモデリングの簡素化なしには普及しないのではなかろうか?


表面世界の行方 (11) コンピュータデバイスのUI分析

 前回の記事では、コンピュータデザイン工学の用語を継承しながらコンピュータのメディア体験における物理世界と情報世界の相互作用を分析しました。
今回の記事では、相互作用が起こっているUIを分析することで、コンピュータデバイス=CDとUXの関係を明らかにします。

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図1 UIパラダイム図

 図1は、代表的な消費者向けCDを、UIの特徴を示した2軸から構成された座標平面で分類したものです。図の縦軸はインタラクション面の大きさを意味しています。図上方ほどインタラクション面が大きく、反対に図下方ほど小さいことを意味しています。それゆえ、図上方ではディスプレイが大きいがモビリティーに乏しいCDが、逆に図下方ではディスプレイは小さいがモビリティーに富んだCDが位置づけられます。図の横軸はUIにおける自由度を意味しています。図左側はUIにおける自由度が低く、反対に図右側は自由度が高くなっています。図中の左側に位置しているCDは操作が煩雑であるか、あるいはそもそも複雑なタスクを実行するには適さないものです。逆に右側に位置しているCDは操作が直観的で、複雑なタスクであってもUSを工夫すれば十分実行可能であるものです。なお、図の原点には便宜上ノートPCを置きました。

 図1上に既存のCDをプロットしていくと、ちょうど市場で認識されているCDのカテゴリーと一致するようなグループを形成します。このことは、UIこそがCDの用途とそれがもたらすUXの決定要因であることを証明しています。もしもUIがUXの決定要因でなかったら、UIの特徴で分けたCDグループとUXで分けた市場のCDカテゴリーのあいだに大きな違いが生じたでしょう。以上のようなUIに着目したCDのグループをUIパラダイムと名付けましょう。

 図1では、まだ普及しているとは言えないウェアラブルを除けば、GUI、タッチスクリーン、フィーチャーフォンという3つのパラダイムが認められます。UIパラダイムを理解するうえで重要なことは、パラダイム相互のあいだにはUTやUSから見た違いはあるものも、UXの優劣を一概に比較することはできないことです。例えばフィーチャーフォンパラダイムを形成しているガラケーは、PCほど複雑なタスクを実行できず、スマートフォンほど直観的な操作感も実現していません。しかしながら、ガラケーは維持コストが安いこと、さらには単にその操作体系に慣れており、スマートフォンのアプリ=UTを必要としていないユーザ層が多数いることにより未だに存続しています。UIパラダイムに基づくUXは、コンピュータデザイン工学的見地だけではなく、市場心理やユーザ心理といったマーケティング的あるいは社会心理的な見地から綜合的に評価しなければならないのです。

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今日のGUI(Graphical User Interface)の起源はアイバン•サザランドが開発したSkechpadにまで遡る。彼はまた、今日のVR(Virtual Reality)の起源ともGoogleGlassの祖先とも見れるThe Sword of Damoclesも開発している。この装置は天井からぶら下げられた重いHMD(Head Mounted Display)を被らなければならなかった。画像はSkeckpadを操作するサザランド

 近年台頭してきているウェアラブル端末のUIから見た特徴は、身に着けるという特性上インタラクション面がスマートフォンよりさらに小さいことです。自由度に関しては、スマートフォンの操作感を小さいディスプレイに移植したものがほとんどなので、タッチスクリーンUIと同等であると見なしてよいでしょう。こうしたウェアラブル端末の具体例が、Galaxy GearやSony Watchに代表される腕時計型端末です。腕時計型端末を図1中に図示すれば、スマートフォンの下方にプトットできます。腕時計型端末は、スマートフォンとは独立したUIパラダイムを形成するでしょうか。その問いには否定をもって答えなければなりません。少なくとも現時点でのスマートフォンと腕時計型端末の関係は、デスクトップPCとノートPCのそれに類似しているので、腕時計型端末が別個のUIパラダイムを形成するには至っていないと言わざるを得ないです。デスクトップPCとノートPCでは、インタラクション面の大きさが異なります。インタラクション面のサイズに由来するUXの違いは、使われる文脈と情報効率であって、UTもUSもあまり変わりません。つまり、使うシーンと扱える情報量に違いはあるけれども、実行するタスクは同じなのです。同様のことが、スマートフォンと腕時計型端末にも当てはまります。腕時計型端末でしか体験できないUXを見出せない以上、固有のUIパラダイムを認め難いのです。
 
 今年の4月に発売されたApple Watchは、腕時計型であることに由来するiPhoneでは実行できないUXを生み出す可能性が多いにあります。そうした可能性があるのは、Digital Touchや感圧タッチといったUIの自由度をスマホより増加させる機能が実装されているからです。Digital Touchと感圧タッチとは、ともに触覚に強く訴えるUI操作を実現するテクノロジーです。

 触覚に訴えるというデザインアプローチは、Apple Watchに限らず、広くウェアラブル端末およびIoT(Internet of Thing:モノのインターネット)に有益なものです。というのも、本来デジタル情報と相互作用する画面がなかったモノにデジタル的相互作用を実装する時には、従来の使われ方を無視して画面を実装するより、腕時計の竜頭のような従来触って操作していたものを生かした方がユーザが満足するUXを実現できる見込みが大きいからです。次回の記事では、触覚を重要視するデザイン思想であるTUIを紹介します。

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2015年4月24日、日経新聞でガラケーの生産が終了することが報道された。現在もガラケーユーザがいるのは、ガラケーの操作が好まれていることと、ケータイの料金を抑えたいニーズがあるからだと考えられる。今後はAndroidOSをもとにしながらガラケーの操作感を実装した「ガラホ」が代替機種として製造されると言う。ただし料金がスマホと同程度であれば、ユーザは格安スマホに乗り換えるであろう。ガラケーユーザが中高年に多いことからしても、そう遠くない将来ガラケーというUIをもった端末自体が無くなるかも知れない。ガラケーは市場的イノベーションをもたらしたメディアであったのだ。画像は二つ折り型でワンセグ搭載の典型的「全部載せ」スマホのひとつW61SHクールブラック。

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吉本幸記

Author:吉本幸記
元エンジニアのフリーライター。テクノロジー系の記事を執筆している。アートにも関心がある。美術検定3級取得

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