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「人工知能はフランシス•ベーコンが描いた肖像画を理解できるか」 海外ブログレビュー

 今日の記事は、海外ブログニュースの記事を紹介する海外ブログレビューです。
今日紹介するブログニュースは、人工知能の顔認識の限界を調査したものです。

オリジナル記事は、こちら

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ドイツのデザイナーであるフィリップ(Philipp Schmitt)とステファン(Stephan Bogner)は、人口知能の顔認識機能の限界に挑戦しようとして、Unseen Portraits「見知らぬ肖像」と題した実験を行いました。

Unseen Portraitsの実験方法は、次のようなものです。まず顔認識できるコンピュータに接続したカメラのピントをヒトの顔の写真に合わせて、顔認識をさせます。このヒトの顔も、実はコンピュータのディスプレイに表示されています。次いで、顔認識されたヒトの顔の画像をCGで次第に歪めていきます。歪められていく顔をコンピュータは継続して顔認識していきますが、顔が歪み過ぎると顔認識ができなくなります。顔認識が不能になると、コンピュータは歪められた顔をカメラで撮影します。こうして撮影された歪められた顔は、ちょうどコンピュータが顔認識できなくなる限界を記録することになります。そうして撮影された顔の画像が、上に引用した画像です。

顔認識の限界を記録した画像は、ある芸術家の肖像画を連想させます。20世紀イギリスで活躍したフランシス•ベーコンが描いた肖像画に極めて酷似しているのです。面白いのはベーコンの肖像画を見ると、それがどんなに歪められていても普通のヒトであれば何となくヒトの顔だと分かることです。どうやら、ヒトがベーコンの肖像画を何とかヒトの顔であると認識している時、ヒトにはできて現在のコンピュータにはできない認知能力が働いていると言えそうです。

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画像をめぐるヒトにはできてコンピュータにはできない認知能力とは、ブログ作者個人の見解としては、画像を何らかの文脈=コンテクストにおいて理解する能力だと思います。ベーコンの肖像画を見て、ヒトは見慣れたヒトの顔がCGによって歪められたとは思いません。ベーコンの作品を見ると、ヒトはヒトの顔がただならぬ暴力に曝された証拠を見せつけられたように思うはずです。実のところ、ベーコンの画は何らかの物語を説明しているわけではないので、何かしらのストーリーに沿って画を理解しようとしても「正解」にはたどり着けません。しかしながら、重要なのはベーコンの画を見てヒトは物語を連想してしまうという事実なのです。人工知能には、ヒトなら当たり前にできる物語を連想することができないのです。

ポチョムキン 

画像から物語を連想するヒトの認知能力を最大限に活用する芸術は、言うまでもなく映画です。互いに無関係な写真を映画で連続的に見た場合、ヒトは何らかの物語を創作して無関係な写真を関係づけることを実証したとして有名なのがクレショフ効果です。そのクレショフ効果を最大限に生かした無声映画「戦艦ポチョムキン」には、映画史において何度も引用されるシーン「オデッサの階段の虐殺」があります。ベーコンも絵画を制作するにあたり、このシーンに登場する保母を引用しています。画像から物語を連想させる力は、画像が止まっているか動いているかには左右されないということでしょうか。

Unseen Portraitsの実験を行った結果わかったことで、興味深いことをひとつ付け足しておきます。人工知能が顔認識できた画像は、すべて目が歪んでいなかったのです。目に顔のすべてが集約されているということでしょうか。「目は口ほどに物を言う」ことが、思わぬかたちで実証されたようです。

この記事に関連する記事の一覧

「トイレマークをリデザインしてみた」 海外ブログレビュー
表面世界の行方 (6) 世界像のメディア その1
表面世界の行方 (7) 世界像のメディア その2

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[「人工知能はフランシス•ベーコンが描いた肖像画を理解できるか」 海外ブログレビュー]の続きを読む

ブログカウンターバグ報告

更新が滞ってしまいました。
今日の記事は、更新が停滞した原因であるfc2カウンターのバグについて報告します。

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ここ数日更新が滞った原因は、ブログのアクセス解析を実施した結果、カウンターに問題があることが発覚し、その対処に追われていたからです。以下にその顛末をまとめます。

【現在のアクセスカウンターの状況】
現在のアクセスカウンターは、ほぼ正常に動作している。しかし、アクセスユーザが比較的まれなアクセス動作をすると、カウンターに誤作動が生じる。このカウンターの誤作動は、fc2が用意したカウンターのバグであり、ブログ作者では解決できない。

【アクセスカウンターの今後の運営方針】
試行錯誤の結果、カウンターはほぼ正常に動作しているので、今後もブログに表示する。しかし、カウンターが表示する数値はあくまで参考値である。

以下からカウンターのバグの詳細報告です。
fc2ブログを運営している方は、参考にしてください。

【カウンターが誤作動を起こすケース】
fc2ブログカウンターが誤作動を起こすのは、以下のような場合であると推測される。

☆バグ発生条件
 同一ユーザが、同じ日にPC版ブログとスマートフォン版ブログにアクセスした場合

☆バグ現象
 同一のユーザのアクセスが二重にカウントされてしまう。

fc2カウンターをスマートフォン版ブログに設置する場合にも注意が必要です。fc2が推奨している方法では、カウンターが正常には動作しません。この件も以下にまとめます。

【fc2が推奨しているスマートフォン版ブログへの設置方法】
ブログプラグインのフリーエリアに設置用HTMLタグを貼付ける。しかし、この方法だとスマートフォンへのアクセスが、カウンターに反映されない。

【スマートフォン版ブログにカウンターを設置する有効な方法】
設置用HTMLタグをスマートフォン用ブログテンプレートの任意の場所に埋め込む。この方法では、HTMLコードを編集することになるので、若干のHTMLに関する知識が要求される。しかし、この方法を実行しても、上記したようなカウンターのバグが発生する。

この件に関しては、他のブログでも話題になっているので、このブログの事例も参考して頂けたら幸いです。

明日からは、また通常のブログ更新を進めていきます。

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表面世界の行方 (9) コンピュータの世界様式

 前回までの記事でメディアの歴史的なイノベーションである文字とアナログ複製メディアの世界様式を確かめました。
今回の記事では、いよいよ最新の歴史的イノベーションであるコンピュータの世界様式を見ていきます。

この連載記事のはしがきは、こちら
この連載記事の目次は、こちら

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図1 現代のメディア相関図


 前回までの記事では、話し言葉、文字、アナログ複製メディアについて物理世界と情報世界の関係に着目した世界様式図を確かめてきました。コンピュータの世界様式図を作成するためにも、コンピュータを介した物理世界と情報世界の関係を明らかにする必要があります。歴史的イノベーションを起こしたメディアの世界様式図から認められる特徴との比較を通して、コンピュータの特徴をまとめたものが図1です。

 図1の横軸は、メディアが形成する情報世界の構成単位の種別を意味しています。図の左側は、情報世界の構成単位が文字であるメディアが位置づけられています。図の右側は、写真や映画といった身体に直接知覚されるものから構成されるメディアが位置づけられます。図1の縦軸は、メディアが介する物理世界と情報世界の関係の種別を表わしています。図の上方では、情報世界は物理世界を写し取り、そのような情報世界は人間に思い浮かべられるという仕方で関係することを意味しています。このような情報世界のあり方を一言で「表象的」と形容します。図の下方は、情報世界が物理世界における何らかの行為を実行することを通して形成され、情報世界を形成する行為が続いているまさにその時に情報世界が人間と関係することを意味しています。言って見れば、メディア体験が同時に「行為的」でもあるのです。図の下方に関しては込み入った意味づけになってしまいましたが、具体例を挙げると容易に理解できます。図の下方に該当するメディアのひとつが、話し言葉です。話し言葉では、情報世界はまさに話されるという行為を通じてのみ形成され、現れ続けます。何かを話すことは同時に、常に何かを説得したり、何かをほめたりといった他の行為を含んでいます。対して本を読んだり、映画を見たりすることは、メディアが伝える内容が何かを説得したりしているとしても、メディア体験自体はアイデアのエンコード/デコード以外の行為を伴いません。

 コンピュータが形成する情報世界の構成単位は、静止画、動画、音声、文字です。文字を除けば全て世界像です。コンピュータにおける文字は、実はデジタル演算というユーザが直接知覚しない逐次的処理から生み出されるものです。それゆえ、コンピュータにおける文字は、デジタル演算に直観的なフォントという意味を与えるテクノ画像と捉えるべきです。そうなると、コンピュータの情報世界は、アナログ複製メディアと同じ世界像を人間に提供していると結論できます。

 コンピュータは本来、数値計算を実行するために開発された装置でした。メール作成や動画編集といった多様な仕事を実行するようになった今日でも、何らかの情報処理を実行するという特徴は変わりません。この特徴は、アイデアのエンコード/デコードのみを行う文字およびアナログ複製メディアよりも、話し言葉と共通したものです。会話が話し手と聞き手の遣り取り=相互作用を通じて体験されるように、ユーザと情報=データを相互作用的に関係させるところでも、コンピュータは話し言葉と似ています。そのようなわけで、コンピュータは、図1の右下方に位置づけられるのです。コンピュータが形成する情報世界は、テクノ画像から構成される世界像と人間が相互作用するものなので、アナログ複製メディアが作る世界像とは区別してサイバー世界と呼ぶのが適切でしょう。

 コンピュータを介した人間と情報の相互作用が話し言葉におけるそれと決定的に異なる点は、話し言葉における相互作用は物理世界で生じるのに対し、コンピュータでは情報世界内で生じることです。サイバー世界における相互作用は、チャットアプリやオンラインゲームを思い浮かべれば理解できると思われます。コンピュータにおいては、様々なかたちをとるにしても、物理世界の人間の代わりとなって情報と相互作用するサイバー世界内の分身=アバターが不可欠なのです。以上のようなコンピュータの特徴から導かれるコンピュータの世界様式図が図2です。

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図2 コンピュータの世界様式図

 図2は、ちょうど話し言葉の世界様式図と文字およびアナログ複製メディアのそれの特徴を兼ね備えたものになっています。モノとして情報世界が物理世界とは分離されているのは、文字およびアナログ複製メディアと共通しています。情報世界内で情報との相互作用的な関係が生じるのが、話し言葉と共通しているところです。コンピュータの世界様式図において、先行する歴史的イノベーションを起こしたメディアにはない独自な特徴を挙げるならば、それは物理世界内の人間がサイバー世界内のアバターと関係していることろです。人間とアバターのあいだには、アイデアのエンコード/デコードの関係ではなく、物理世界における何らかの行為をデジタル演算処理にエンコード/デコードする関係が成り立っていると考えるべきです。コンピュータは、思い浮かんだ計算結果を記録•保存するのではなく、端的に計算を実行するメディアなのです。

 人間とアバターの相互作用は、伝統的にユーザインタフェース(User Interface)=UIを介して実行されてきました。したがって、コンピュータのメディア体験に特有な人間とアバターの相互作用を分析する観点として、UIに着目するのが適切でしょう。次回の記事ではUIに着目して、コンピュータのメディア体験における物理世界とサイバー世界の関係こそがユーザエクスペリエンス(User eXperience)=UXであるという論点を展開します。

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当初は数値計算を目的として制作されたコンピュータは、パンチカードによって入力データを渡す直観性に乏しいUIを実装していた。UIはその後、文字による入出力を実現したCUI、図形等のグラフィカルなデータを操作することを可能にしたGUIに進化を遂げた。スマートフォンのUIであるタッチスクリーンは、データ入出力部とデータ表示部が一体となることで、より直観性を増したGUIである。画像は世界初のコンピュータゲーム「Space war!」のプレイを可能としたPDP-1のディスプレイ。Space Warはこちらでプレイできる。

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表面世界の行方 (8) 世界像のメディア その3

 前回の記事では、写真と映画の意味が発生する仕組みを確かめました。
今回の記事では、写真と映画をはじめとしたテクノ画像を介した人間と世界の関係を分析します。

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中世最大の神学者トマス•アクィナスは、体系化されていなかった神学的言説を整理する目的で『神学大全』の執筆を開始した。執筆中のある日に神秘体験を経験した後、トマスは『神学大全』の完成を断念した。神秘体験とは、一切のメディアによるモノ化を拒否するメディア体験のことであろうか。そのようなものを情報と呼べるのであろうか。画像は、最も美しい写本と呼ばれる『ベリー公のいとも豪華なる時禱書』の一部。

 前回の記事で確認したように、テクノ画像を生み出す装置+オペレーターは無数にあるうえに、テクノ画像の典型例である写真と映画の意味が発生する仕組みにも容易に共通点を見出せません。アナログ複製メディアを特徴づけるテクノ画像を介した人間と世界の関係の分析は、困難に思われます。この困難を解決するためには、多少の回り道が必要です。

 20世紀の哲学者ハイデガーは『世界像の時代』において、近代の存在了解を特徴づけています。存在了解とは、存在する個々のモノがまさに存在していると理解できる人間と世界の枠組みを明らかにすることを意味しています。自然科学が解き明かす知識は、あくまで個々のモノに関わっています。存在了解とは、個々のモノの総和以上のものである世界を解き明かすことを目的としているので、自然科学的知識とは一線を画しています。

 近代とは世界像の時代であるとハイデガーは述べています。近代とは、世界を像として理解する、あるいは像を介して存在了解を遂行しているのです。近代以前には、その時代ごとの世界像があったわけではなく、そもそも世界を像として理解していませんでした。中世ヨーロッパでは、世界は神が定めた存在の位階に従い理解されるべきものでした。古代ギリシアに至っては、世界が存在するということを人間が受容するという現代とはかなり隔たった存在了解が遂行されていました。ハイデガーは世界像としての存在了解の特徴を、一切の存在するモノを人間の面前に立てて、人間に対して現前するものとして理解することとしています。

 アナログ複製メディアが生み出すテクノ画像とは、まさに世界を世界像として理解することを可能とするメディアと捉えることができます。被写体が天体であれ分子であれ、画像が静止していようが動いていようが、テクノ画像は物理世界内の現象を平面的な画像に変換します。ラジオのような画像を介さないメディアであっても、装置+オペレーターから生み出されること、および技術的に複製された音声がまさに現前するものとして体験されることから、世界像としての存在了解の具体相であると言えます。テクノ画像を世界像としての存在了解が具体化したものと捉えることによって明らかになるアナログ複製メディアの世界様式図は、図1のようになります。

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図1 アナログ複製メディアの世界様式図

 図1は、以前の記事に掲載した文字の世界様式図と酷似しています。酷似しているのは、文字が話し言葉を知覚可能なモノにしたのと同じように、アナログ複製メディアが文字を直観的なテクノ画像にするからです。つまりは、話し言葉と文字の関係と、文字とアナログ複製メディアのそれのあいだには、メディアの意味論のうえで比例関係が認められるのです。とは言え、文字が形成する情報世界である物語世界と、アナログ複製メディアが形成する世界像としての情報世界のあいだには大きな違いもあります。直観的な画像理解をもたらす世界像は、文字による逐次的理解にもとづく物語世界に比べて、情報世界への深い没入を促します(*1)。その反面、世界像と物理世界は、物語世界と物理世界の関係とくらべた場合、より深く分離されています。

*1 総務省が発表した平成25年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査を参照すると、日常生活において文字よりもアナログ複製メディアの方が長い時間使われていることがわかります。参照した資料は、こちら

 世界像と物理世界の分離の深刻さを示す具体例のひとつには、9.11同時多発テロ事件のテレビ映像が挙げられます。世界貿易センタービルに激突する航空機を写した映像を見て、多くの人がハリウッド映画を連想したはずです。実際に起こっている出来事の映像が、フィクションのように感じてしまうのは、フィクションとしての映画に現実に匹敵するリアリティーがあったからでしょう。と同時に、破局的な出来事=カタストロフィーは、現実ではなくフィクションとしてのテクノ画像が見せるものであるという通念が根付いていたことも指摘しなければなりません。カタストロフィーとは、現実とは分離された世界像のなかでしか起こってはいけないのです。しかしながら、こうした世界像が現実の世界の正しい理解を妨げることもあるのです。

リュミエール兄弟が制作した最古の映画を見て、人々は動く電車の動画から逃げたと伝えられている。映画が生み出すヴァーチャルリアリティーがリアルなものと感じられたのである。映画が生み出すヴァーチャルリアリティーは、時として現実のリアリティーを歪める手段として使われた。そうした一例が、ナチスドイツによるプロパガンダ映画である。

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表面世界の行方 (7) 世界像のメディア その2

前回の記事では、文字に直観的な意味を与えるテクノ画像について見ました。
今回の記事では、アナログ複製メディアの代表である写真と映画がテクノ画像を生み出す仕組みを見ていきます。

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図1 テクストとテクノ画像の関係図(フルッサー『テクノコードの誕生』210頁より引用)

 図1は文字=テクストとテクノ画像の関係を示したものです。テクストとテクノ画像のあいだを中継する役割を担っているものとして、装置+オペレーターがあることが一目瞭然です。装置+オペレーターとは、カメラやテレビのようなテクノ画像を生み出す装置とその装置を操作する人間から成る複合体を意味します。テクノ画像を生み出す装置は、テクノ画像を生み出す手段を提供しているというよりは、人間と一体となってテクノ画像を思い浮かべることを可能とするとともに、その思い浮かべたテクノ画像を実現します。カメラは、単に写真を撮る手段となっているだけではなく、モニターを覗くことで写真とはどういう画像であるかを理解させてもいるのです。

 図1を写真の撮影を例にして説明すると、次のようになります。カメラは文字で構成された設計図から組み立てられると同時に、文字で書かれた取扱説明書によって操作が説明されます(図中の矢印①)。カメラはそれを操作する人間と一体となって、写真を生み出します(矢印②)。撮影された写真は、新たなカメラを開発する際の参考資料にもなり、あるいは写真を説明する文字を生み出すこともあります(矢印③)。カメラを例にして確認したことは、テクノ画像を生み出す他の装置についても当てはまります。テクノ画像とは、文字というメディアを不可欠としているのです。


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ベンヤミンは『複製技術時代の芸術』において、写真の誕生により視覚芸術の価値は「いま、ここ」に結びついたアウラ的価値から、鑑賞される文脈に関わらず視覚的情報を見せる展示的価値が重視されるようになったと述べている。写真がその表現上の独自性を獲得したのも、家族の肖像写真のような絵画のアウラ性を色濃く残したものから、街角のスナップのような撮影者のまなざしを見せるものになってからである。画像は近代写真の父と呼ばれるアジェのストリートスナップ。

 文字とテクノ画像の一般的な関係を確認することで、はじめて個別的な装置+オペレーターの分析も可能になります。個別的な例としては、写真と映画を取り上げます。というのも、テクノ画像を生み出す装置は電子顕微鏡やレントゲン撮影機など多種多様にありますが、写真と映画がテクノ画像を生み出す装置の基本となっているからです。

 写真とは、被写体の姿形を文字で表現するのではなく、テクノ画像によって写実的•視覚的に見せるメディアであると捉えるのは間違いです。カメラの設定によっては、肉眼で見た被写体とは似ても似つかない画像が作られることもあるからです。写真とは、カメラの設定、および撮影者と被写体の物理世界での位置と時間という四次元的情報という文字に変換可能な情報に直観的な意味を与えているテクノ画像なのです。写真に映っている被写体が与える情報とは、被写体の姿形というよりは、被写体がそのような姿形で見えるカメラ設定および撮影者と被写体の物理的な関係なのです。こうした写真がもたらす情報は、一言で言えば撮影者のまなざしと言えます。写真が複製するのは、被写体の姿形ではなく、そのような被写体を見ている撮影者のまなざしです。

 映画が写真と異なる点は、画像に動きや変化があることです。画像の変化は、映画に写真にはない時間という次元を追加しました。映画は時間幅のある画像を用いることで、物語を直観的に理解させることに成功しました。映画が物語を表現できるのは、文字によって描写されるべき視覚的な情報を画像として見せているから、という説明は正しくはありますが、不足しています。映画を物語として見ることができるのは、画像の変化を生み出している画像のひとコマが、ちょうど文字で綴られた物語におけるひとつひとつの文字と同じ働きを担っているからです。文字による物語は、それを構成する文字が生み出す逐次的処理が経験されてはじめて意味が理解できます。映画についても、それを構成する静止画が生み出す逐次的処理が経験されて、はじめてまとまりのある画像の変化が理解され、映画を物語として見ることを可能となります。映画とは、文字によって発明された世界の逐次的理解を画像化したものなのです。

 マクルーハンは『グーテンベルクの銀河系』において、映画の意味を理解するためには映画の各コマおよび各シーンが逐次的に見られることが重要であることを示すエピソードを紹介しています。文字を持たないアフリカの部族に、家の掃除を教えることを目的とした映画を見せたところ、映画が伝えようとしてる家の掃除の仕方という物語は全く理解されず、画像の隅に映っていた鶏しか見られてなかったのです。このようなことが起こったのは、アフリカの部族民が文字を知らないがために、逐次的処理というメディア体験も知らかったからです。彼らにとっては、見せられた画像が連なってひとつの物語を伝えているなど露知らず、ただ画像を隅から見ていたに過ぎなかったのでした。


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映画における筋の提示は、カットバック、ズームイン/ズームアウト等の撮影技法によって組み立てられる。今日の映画のドラマツルギーが発明されたのは、サイレント映画最盛期まで遡る。『イントレランス』を制作したグリフィスは今日のスペクタクル映画の礎を築いた。時代が下り、ヌーベルバーグの旗手であったゴダールが登場すると、もはや文字のよる脚本には頼らない映像独自の逐時的処理の可能性が探求される。画像は『イントレランス』における古代バビロニアのセット風景。


「トイレマークをリデザインしてみた」 海外ブログレビュー

 今日の記事では、海外のブログ記事を紹介します。
紹介する記事は、トイレのピクトグラム(絵文字)をリデザインしたイギリスのデザイン会社のものです。
オリジナルの記事は、こちら

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イギリスのデザイン会社SomeOneは、ユーロスター(ドーバー海峡トンネルを運営する高速鉄道会社)に依頼されて、従来の服装に基づいたトイレのピクトグラムのリデザインに挑みました。考えてみれば、現在主流のスカートをはいた人間で女性用トイレのピクトグラムを表わす方法は、古い偏見に基づいたものでもあります。

SomeOneのデザイナーであるManchipp氏がデザインしたのが、上の画像のような立つ姿勢で性差を表わすピクトグラムです。男性は脚を開いて立った人間で、女性はかかとを合わせて立った人間で表わされています。このピクトグラムは、確かに服装で性差を表わすより、より普遍的な特徴に着目しているように思われます。Manchipp氏は、このデザインに至るまでに、髪型で性差を表わす方法も考えましたが却下しました。

画像によって何らかの概念やメッセージを伝える営みは、それこそラスコー壁画まで遡ることができます。壁画はその後、一方ではより抽象性•記号性を増して文字の発明を促し、他方でより芸術性を重視して絵画へと受け継がれました。現在のような絵文字を発明•整備したのは、オーストリアの哲学者オットー•ノイラートです。ノイラート氏は、第2次世界大戦後、大衆を対象とした教育活動の一環としてアイソタイプを発明しました。アイソタイプは、複雑な概念をアイコンを用いて直観的に理解できるようにした記号体系です。

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アイソタイプを使ったグラフ。ドイツ語が分からないくても、交通網の発達を説明していることは、直観的に理解できる。

アイソタイプは、後にピクトグラムやインフォグラフィックに多大な影響を与えました。インフォグラフィックは、主に統計データを直観的に理解できるようにデザインされた視覚デザインです。インフォグラフィックは、比較的流用可能なピクトグラムとは異なり、説明するデータごとにカスタマイズされた言わば「一点もの」が多いのが特徴です。

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インフォグラフィックの一例。グラフはPCT(特許協力条約)に基づいたコンピュータアプリの特許協力関係を視覚化している。インフォグラフィックでは、データを直観的に説明するだけではなく、美しく見せることも重視される。このグラフのオリジナルは、こちらから見れる。

現在において、最も身近なピクトグラムは何と言っても絵文字です。最近、AppleがiPhoneの絵文字を多人種対応にしたのは、記憶に新しいところです。今後新たに発明される絵文字もあれば、廃れる絵文字も出てくるでしょう。


沙村広明『ベアゲルター 2』感想 ※ネタバレなし

 今日の記事は、5月22日に発売された沙村広明の最新作『ベアゲルター 2』の感想です。


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沙村広明は長期連載作『無限の住人』で一躍有名になった漫画家であるのは、周知の通りです。しかし、沙村広明の作家性が発揮されるのは、むしろ短•中編の作品です。『ベアゲルター』も中編作品となっています。

『ベアゲルター 2』は2時間弱程度で読了しましたが、久しぶりに沙村画を堪能できて、お腹いっぱいになりました。この作品は言ってみれば「耽美的な映像のタランティーノ映画」です。沙村の作風の特徴として、耽美ながらもエログロな描写が挙げられますが、『ベアゲルター 2』においても健在です。

沙村の作品で物議をかもした作品と言えば、『ブラッドハーレーの馬車』が挙げられます。ブログ作者も『ブラッドハーレーの馬車』を読了した後、絶句してしまったことを覚えています。『ベアゲルター』は『ブラッドハーレーの馬車』に比べると、エログロ度が弱められ、代わりにアクション描写が多い印象を受けます。

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昨年発表された作品に『春風のスネグラチカ』があります。ロシア帝国最後の王家ロマノフ家に取材したミステリー仕立ての作品ですが、ストーリーテリングという点では沙村の作品のなかではいちばんだと思います。『ベアゲルター』も『春風のスネグラチカ』ほどではないにしても、『ブラッドハーレーの馬車』よりはストーリーテリングに緊密さを感じます。

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沙村が作品にいわゆるスターシステムを採用しているのは、よく知られたことです。『ベアゲルター 2』のなかにも、『ブラッドハーレーの馬車』に登場した人物がいて、思わずニヤリとしました。

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『波よ聞いてくれ 1』感想 ※ネタバレなし



ビジュアライゼーション セレクション vol_1

 今日の記事は、ブログ作者が個人的に好きなビジュアライゼーションについて書きます。

ビジュアライゼーションとは、簡単に言うと最新のデータ解析技術を使ってデータの特徴を 可視化したものです。Excelで作成するグラフもビジュアライゼーションの一種です。ですが、通常ビジュアライゼーションと言うと、解析するデータのためにカスタマイズされたユニークなグラフのことを意味します。

今日紹介するビジュアライゼーション作品は、2012年のバロンドールの投票関係を可視化した「Ballon d'Or Votes 2012 Network Graph」です。このグラフは以下のサイトから閲覧できます。
http://visualizing.org/visualizations/ballon-dor-votes-2012-network-graph


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上の画像のようなグラフはネットワーク図と呼ばれます。グラフ内の多数の点が、投票者および投票されたサッカープレイヤーを示しています。点から伸びた曲線は、投票者が投票したサッカープレイヤーにつながっています。グラフの中央にはメッシが位置しています。メッシが中央にあるのは、メッシが最も多くの投票数を得たからです。メッシの右下にはCh.ロナウドがいます。

グラフ上部の検索ボックスから選手名を検索するか、グラフ内の選手をクリックすると、選手の点が拡大されて、具体的な投票者名が表示されます。 下の画像はメッシを検索した画面です。

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バロンドールは、各国代表チームの主将も投票できます。ためしに長谷部選手を検索すると、投票結果が表示されました。

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ブログ作者個人としては、ビジュアライゼーションはテクノロジーとアートが高い次元で融合したものだと思っています。


2015/5/20 スーパープレゼンテーション感想

今日の記事は、スーパープレゼンテーション感想です。
5月20日放送では、音楽プロデューサーのマーク•ロンソンのプレゼンでした。
 
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マーク•ロンソンは、1975年にロンドンで生まれました。8歳の時にNYに移住し、16歳頃からDJとして音楽活動を開始しました。音楽プロデューサーとしては2001年頃から活動し、2006年にはエイミー•ワインハウスの「Rehab」をプロデュースしています。2008年にはグラミー賞のProducer of the Yearを受賞しています。


プレゼンでは、作曲におけるサンプリングの歴史とマーク氏自身のサンプリングに対する思いを語っています。作曲技法としてのサンプリングは、デジタルサンプラーが発明された1980年代に始まります。

マーク氏が行うサンプリングは、単なる懐古趣味、ましてや過去の名曲の知名度を利用することが動機ではありません。自分が心から好きな曲と一体となって、自分独自の曲を作るためにサンプリングを行うのです。

番組を見ながら、ブログ作者は日本のアニメの二次創作のことを考えていました。周知の通り、日本ではアニメやマンガの二次創作は単なる同人活動に留まらない市場的価値のある文化、ムーブメントとなっています。そんなことを考えていたら、案の定、番組ナビゲーターの伊藤穣一氏が初音ミクに言及しました。

ブログ作者は、二次創作文化にも初音ミクにもそれほど詳しくありません。ですが、思い出に残る二次創作作品がひとつあります。東日本大震災の時、頻繁に流れていたACの挨拶に関する映像を、変身メカものに改変した作品です。これには、日本の二次創作文化の底力を感じました。





表面世界の行方 (6) 世界像のメディア その1

前回の記事では、話し言葉と文字が引き起こした歴史的イノベーションの具体相として、それぞれのメディアにおける世界様式を確認しました。今回の記事では、写真や映画といったアナログ複製メディアのメディア体験を分析します。 

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図1 メディア体験の相関図(吉見俊哉『メディア時代の文化社会学』76頁より引用)


 社会学者の吉見俊哉氏は『メディア時代の文化社会学』において、ラジオやテレビといった電波を用いた「電子の文化」におけるメディア体験を図1のような二軸の図で説明しています。図1の横軸ではメディア体験における複製可能性を基準として、図左側は情報の複製が困難であることを意味し、図右側は複製が容易であることを示しています。縦軸ではメディア体験の構成単位の類型を基準として、図上方では文字から構成されたメディア体験が置かれ、図下方では直接的な知覚から構成されたメディア体験が位置づけられています。

 図1において右下方に位置している電子メディアとは、活字メディアのように複製が容易であると同時に、話し言葉のような身体に直接訴えるLIVE感があることを特徴としています。この電子メディアの特徴は、話し言葉が形成する物理世界と不可分な情報世界=LIVE世界が電子的に複製されることで、物理的制約から解放された新たなLIVE世界が現れたことによって獲得できたのです。言ってみれば、電子メディアは、複製された物理世界=ヴァーチャルリアリティーをはじめて生み出したのです。こうしたヴァーチャルリアリティーは、物理世界をフィルムに写した写真と映画にも認められます。


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図2 テクノ画像の意味論(フルッサー『テクノコードの誕生』182頁より引用) 

 ドイツのメディア研究者であるフルッサーは『テクノコードの誕生』において、人間がアナログ複製メディア(コンピュータ以前に発明された文字以外のメディア)からヴァーチャルリアリティー的な意味を構成する仕組みを分析しています。写真を見ている時、その写真には確かに被写体を肉眼で見た場合とそっくりな色と形が現れています。それでは、そんな写真を見ている時、人間は物理世界とどのような関係を築いているのでしょうか。

 図2はアナログ複製メディアの意味が形成される仕組みを示したものです。図2において、具象的な世界とそれに対応する事態と名付けられた部分が物理世界に該当します。物理世界を空間的に固定できる情報に変換して理解する最も原初的な方法は、絵にすることです(図2の画像のレベルが絵による理解を示しています)。絵の巧拙を問わなければ、物理世界を絵にして理解する営みは、歴史的にはラスコーの洞窟画まで遡ることができ、人間の成長過程においても文字を習得する以前の幼児が親子関係を絵を描くことにも認められます。画像による情報の理解は直観的ではありますが、曖昧でもあります。画像がもつ曖昧さを除去したメディアが文字です(図2の国語テクストレベルが文字に該当します)。文字が明晰判明なメディアであることは、前回の記事で見たように画像ではなく文字こそが自然科学と推理小説を生み出したことからも理解できます。しかし、文字は意味を与えようとする物理世界のモノとコトには似ても似つかないこと、さらには地域ごとに異なった使われ方をすることから、直観的な理解を得られません。

 文字に直観的な意味を与えるメディアが、テクノ画像と呼ばれます。図2では「駐車禁止」という情報にテクノ画像が意味を与える仕組みが図示されています。「駐車禁止」を自動車の画像を使って伝えようとすると、自動車に関する事柄であることは直観的に理解できますが、具体的な指示が曖昧です。国語テクストのレベルでは明白に「駐車禁止」という指示を伝えられますが、情報を構成している言語を理解できないと意味がわかりません。テクノ画像のレベルに至って、「駐車禁止」という指示が画像を見るように理解できるようになります。

 以上のようなテクノ画像を人間に提供するメディアこそ、アナログ複製メディアなのです。アナログ複製メディア体験を分析するうえで重要なのは、物理世界の知覚を複製したものが生み出されることではありません。物理世界の知覚と似ている情報にもかかわらず、ヴァーチャルなものと直観的に理解できる仕組みを明らかにすることが重要なのです。次回の記事では、写真と映画という具体的なアナログ複製メディアを取り上げて、テクノ画像が生み出される過程を見ていきます。

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吉見氏はかつての電話サービスダイヤルQ2を例にして、人間がヴァーチャルリアリティーに中毒症状を起こすことを指摘している。ダイヤルQ2で起こったことは、今日ではSNSで反復されている。マクルーハンは『メディア論』において、新しいメディアに没入して麻痺してしまう事態を、ナルシス神話を引き合いにして説明している。ナルシスは水面に映ったものを画像として見てしまったがゆえに、魅入ってしまったのである。メディアへの耽溺は太古より繰り返されている。間もなくApple Watchのディスプレイに魅せられた新しいナルシスが誕生するであろう。画像はダリ作『ナルシスの変貌』。



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吉本幸記

Author:吉本幸記
元エンジニアのフリーライター。テクノロジー系の記事を執筆している。アートにも関心がある。美術検定3級取得

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