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落合陽一トークイベント@渋谷ヒカリエ 感想

今日の記事は、昨日参加した落合陽一氏のトークイベントの感想を書きます。

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 昨日は渋谷ヒカリエに落合陽一のトークイベント「〈魔法の世紀〉に人類の心を動かすものは何か —これからの〈文化〉のかたちについて」に参加しました。トークのテーマは、〈映像の世紀〉であった20世紀に対して、21世紀はどのようなメディア表現が力を持つか、です。

落合陽一は周知の通り、最近マスメディアへの露出の多い今をトキめくメディアアーティストです。ブログ作者も落合の初の単著書『魔法の世紀』を読んでいます。昨日のトークイベントは、落合が打ち出した〈魔法の世紀〉の具体的な実現案についてパネリストがアイデアをぶつけ合うものでした。

〈魔法の世紀〉というアイデアは、対となる〈映像の世紀〉との対比で理解しなければなりません。20世紀は政治的•文化的に映像が大きな力をもった世紀でした。映像から情報を得る体験とは、平面的なディスプレイに映し出されるバーチャルリアリティーからリアリティーを再構成することを意味します。落合は、今世紀は映像に変わる新たなメディアからリアリティーを構築すべきだと主張します。そうした映像に対抗するメディアとは、立体的な物理空間に直接的に現出することを本質としています。《Fairy Lights in Femtoseconds》をはじめとした落合のメディアアート作品とは、平面的なディスプレイに対抗して物理空間に直接イメージが現出するメディア体験を提示する試みなのです。

 ブログ作者は、落合が著書には書いていないような発言について、とくに注意して聞いていました。

そんな発言で興味深かったのは、エジソンとリュミエール兄弟はどちらがよりメディアアーティストか、という問いかけです。落合は、映画の発明者リュミエール兄弟より、発明王エジソンの方がメディアアーティストである、と発言していました。

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左画像がリュミエール兄弟、右画像がエジソン

 この発言を、ブログ作者は次のように解釈します。メディアの本質をマクルーハンが言うように人間を拡張するテクノロジーと理解すれば、視覚を拡張しただけのリュミエール兄弟より、蓄音機やキネトスコープを発明したエジソンの方が多くの知覚を拡張したことになります。それゆえ、エジソンの方がよりメディアアーティスト的な業績を残したと言えるのです。

 落合は自身のアート作品を〈文脈のアート〉と対比して〈原理のアート〉と標榜しています。この言葉をマクルーハンの助けをえながら解釈するとこうなるのではないでしょうか。新規のメディア体験は知覚に変革をもたらすのであれば、そこに解釈の対象となるような文脈=コンテクストあるいはコンテンツがなくとも、十分にアートとして成立する、と。落合は、マクルーハンの「メディアはメッセージである」という命題をアート作品で提示しているのです。

ブログ作者は、落合氏に深く共感します。というのも、アートとテクノロジーの関係をラディカルに追求しているからです。ただ、ブログ作者は落合氏ほどメディアとコンテンツを対立的には捉えていません。将来、例えば立体ホログラムのような物理空間に直接イメージを現出させる技術が普及したら、人間はきっとその新しいメディアにコンテンツをのせるように思えてなりません。メディア史を振り返ると、先発のメディアが後発のメディアのコンテンツになることを繰り返しているのです。こうしたメディアとコンテンツを巡る螺旋運動は、21世紀においても継続するように思われます。

いずれにしてもトークイベントに参加して、落合はしばらくは時の人として君臨することは間違いない、とまさに肌で感じました。 


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まさに今、成長している特異点 (1) 序文

今日の記事は、近況報告と新しい長期連載記事について書きます。

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CES2016で発表された電子回路が編み込まれた衣服《e-skin》。《e-skin》は編み込まれた電子回路を使って、身体の挙動をトラッキングする言わば「着るモーションキャプチャ」である。

 まず、近況報告から。先日bitechoに新しい記事が掲載されました。掲載されたのは「革新的ハードウェアを生み出す拠点、DMM.makeレポート」です。原稿校正は必要最小限に留めて頂ているので、ブログ作者が書いた初稿がほぼ全て載りました。

 このブログを始めるきっかけとなった長期連載「表面世界の行方」は、長らくあまり読まれない状態が続いていました。がしかし、今年の1月9日以降、にわかに読まれるようになりました。最初は単なる偶然かと思いましたが、読まれ始めた日付からその原因が推察できました。1月9日はCES2016が終了した日なのです。
 CESとは、ラスベガスで毎年開催されているアメリカ最大の家電見本市のことです。CESの今年のトレンドは、昨年に引き続きウェアラブル機器とIoT製品でした。ただ、この技術トレンドからiPhoneのような世界を一変させる製品はいまだ誕生していません。こうした現状から、ウェララブル機器とIoT製品が向かう未来を予見しようとした長期連載記事がにわかに注目されたと思われます。

 長期連載記事の問題意識を現在のブログ作者が捉え直すと、次のようになります。「ウェアラブル機器とIoT製品は技術的特異点に向かうトレンドなのか、それとも一過性の流行に過ぎないのか」。この問いに対して、ブログ作者はこう答えたことになります。「技術的特異点の内実を情報立体化主義と解釈するならば、ウェアラブル機器とIoT製品は特異点に向かうトレンドである可能性が高い」。情報立体化主義とは、平面ディスプレイを介さないコンピュータとの相互作用的メディア体験を構築する設計思想のことです。そして実際、情報立体化主義的な設計に基づく機器がつぎつぎと開発されています。例えばWIREDの記事「さらば、「ウェアラブル」──その姿は消えてなくなる」を読むと、衣服自体が言わばインタフェースとなって、インタラクティブ性を実現してする実例が多数あることが確認できます。ブログ作者の未来予想は、かなり「いい線」を行っていたわけです。しかし、特異点の具体相を情報立体化主義と解釈するのは、あまりにも特異点を過小評価し過ぎていると思われてなりません。


情報立体化主義を徹底した最先端の事例のひとつである《Biologic》のプロジェクト動画。《Biologic》は体温に合わせて通気性が変化する衣服である。通気性が変化する機能は、衣服に納豆菌を植え付けて実現している。《Biologic》を生み出した設計思想であるラディカルアトムズは、情報立体化主義を着想する際に多いに参考にした。
 
 かつての長期連載記事は、テクノロジーの進化を情報技術という領域に絞って考察したものでした。今や日本でもロボット技術と未来の雇用について論じられるようになった現在では、かつての問題意識はあまりにも視野が狭すぎます。より広い視野から現在と未来を見つめ直す時が来たようです。

 新しい長期連載記事のタイトルは「まさに今、成長している特異点」です。これからの長期連載の問題意識とは、「(技術的)特異点にどのように立ち向かうべきか」です。この問題意識に答えるためには、少なくともふたつの問いかけに対してアイデアを表明する必要があります。ひとつめは、「そもそも特異点をどのように考えるか」。ふたつめは、「特異点に対してどのような姿勢あるいはアイデアを選択するのか」。ひとつめの問いかけには、連載記事のタイトルが半ば答えています。ふたつめの問いかけに関しても、ブログ作者なりの答えを用意しています。その答えを先取りすれば、こう表現できます。「特異点がもたらす未来を明瞭に想像できるのは、ただアーティスティックな創造力だけである。そして、未来を予見する創造力はスペキュラティブに行使すべきである」。

 前回の長期連載は原稿を完成させてから記事を掲載していました。今度の連載は、まさに書きながら記事を掲載します。そのため不定期連載となります。あくまで予定ですが、今年の上半期までには連載記事を完成させます。もちろん、他の記事も書きながら連載を続けます。なお、新連載を開始するに伴い、ブログカテゴリー「アイデアログ」を新設します。以前の連載記事のカテゴリー「メディア論」に新連載記事を追加しない理由は、ブログ作者の書きたいことがもはや人文科学の一分野に過ぎないメディア論に収まるものではないからです。

 次回の記事では、かつての連載記事で論じた概念である「歴史的イノベーション」がまさに特異点と同義であることを検証します。 



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吉本幸記

Author:吉本幸記
元エンジニアのフリーライター。テクノロジー系の記事を執筆している。アートにも関心がある。美術検定3級取得

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