FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

落合陽一トークイベント@渋谷ヒカリエ 感想

今日の記事は、昨日参加した落合陽一氏のトークイベントの感想を書きます。

20160128_1.jpg 

 昨日は渋谷ヒカリエに落合陽一のトークイベント「〈魔法の世紀〉に人類の心を動かすものは何か —これからの〈文化〉のかたちについて」に参加しました。トークのテーマは、〈映像の世紀〉であった20世紀に対して、21世紀はどのようなメディア表現が力を持つか、です。

落合陽一は周知の通り、最近マスメディアへの露出の多い今をトキめくメディアアーティストです。ブログ作者も落合の初の単著書『魔法の世紀』を読んでいます。昨日のトークイベントは、落合が打ち出した〈魔法の世紀〉の具体的な実現案についてパネリストがアイデアをぶつけ合うものでした。

〈魔法の世紀〉というアイデアは、対となる〈映像の世紀〉との対比で理解しなければなりません。20世紀は政治的•文化的に映像が大きな力をもった世紀でした。映像から情報を得る体験とは、平面的なディスプレイに映し出されるバーチャルリアリティーからリアリティーを再構成することを意味します。落合は、今世紀は映像に変わる新たなメディアからリアリティーを構築すべきだと主張します。そうした映像に対抗するメディアとは、立体的な物理空間に直接的に現出することを本質としています。《Fairy Lights in Femtoseconds》をはじめとした落合のメディアアート作品とは、平面的なディスプレイに対抗して物理空間に直接イメージが現出するメディア体験を提示する試みなのです。

 ブログ作者は、落合が著書には書いていないような発言について、とくに注意して聞いていました。

そんな発言で興味深かったのは、エジソンとリュミエール兄弟はどちらがよりメディアアーティストか、という問いかけです。落合は、映画の発明者リュミエール兄弟より、発明王エジソンの方がメディアアーティストである、と発言していました。

20160128_2.jpeg 
左画像がリュミエール兄弟、右画像がエジソン

 この発言を、ブログ作者は次のように解釈します。メディアの本質をマクルーハンが言うように人間を拡張するテクノロジーと理解すれば、視覚を拡張しただけのリュミエール兄弟より、蓄音機やキネトスコープを発明したエジソンの方が多くの知覚を拡張したことになります。それゆえ、エジソンの方がよりメディアアーティスト的な業績を残したと言えるのです。

 落合は自身のアート作品を〈文脈のアート〉と対比して〈原理のアート〉と標榜しています。この言葉をマクルーハンの助けをえながら解釈するとこうなるのではないでしょうか。新規のメディア体験は知覚に変革をもたらすのであれば、そこに解釈の対象となるような文脈=コンテクストあるいはコンテンツがなくとも、十分にアートとして成立する、と。落合は、マクルーハンの「メディアはメッセージである」という命題をアート作品で提示しているのです。

ブログ作者は、落合氏に深く共感します。というのも、アートとテクノロジーの関係をラディカルに追求しているからです。ただ、ブログ作者は落合氏ほどメディアとコンテンツを対立的には捉えていません。将来、例えば立体ホログラムのような物理空間に直接イメージを現出させる技術が普及したら、人間はきっとその新しいメディアにコンテンツをのせるように思えてなりません。メディア史を振り返ると、先発のメディアが後発のメディアのコンテンツになることを繰り返しているのです。こうしたメディアとコンテンツを巡る螺旋運動は、21世紀においても継続するように思われます。

いずれにしてもトークイベントに参加して、落合はしばらくは時の人として君臨することは間違いない、とまさに肌で感じました。 


スポンサーサイト

Comment

Post a comment

Secret


プロフィール

吉本幸記

Author:吉本幸記
元エンジニアのフリーライター。テクノロジー系の記事を執筆している。アートにも関心がある。美術検定3級取得

最新記事

カレンダー

11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。