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VR劇動画のナラトロジー ① ストーリーテリングとインタラクティヴ性の対立

今回の記事から4回にわたって、VR劇動画についてのナラトロジー(物語)を展開します。一部内容が前回の記事と重複します。

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VR劇動画のナラトロジーとは?


本記事のリードで使った言葉には、説明が必要でしょう。まず、「VR劇動画」とは、VRヘッドセットを使って視聴するいわゆるVR動画のあるジャンルを指しています。そのジャンルとは、ストーリーを表現するものです。「劇」という言葉でジャンルを識別させているのは、映画においてストーリー映画とドキュメンタリー映画を区別する場合に、伝統的に「劇映画」という習わしを踏襲しているからです。

ナラトロジー(narratology)」という言葉は、馴染みのない人がほとんどだと思われます。ナラトロジーは、通常は20世紀のフランスで活躍した文芸批評家ジェラール•ジュネットが論じた物語論の訳語として使われます。この「物語論」とは、小説によって表現されている内容ではなく、内容を表現する形式に着目して、その表現形式の構造を分析する文学理論のことです(詳しくはwikipediaの「物語論」を参照)。ちなみに、本記事で「物語論」ではなく「ナラトロジー」という言葉を使うのは、「物語論」というとストーリーの内容を論じた言説という印象が拭えないからです。

以上をふまえると「VR劇動画のナラトロジー」とは、ストーリーを表現するVR動画を批評対象として、そのストーリーを表現する形式の構造を分析する言説、ということになります。喩えを用いるならば、VR劇動画の映像批評ではなく、文法あるいは修辞学を展開したいのです。

なお、今後VR劇動画のナラトロジーを論じる際に、VRヘッドセットを使わずに視聴する既存の映画を「伝統的動画」と表現します。

VR劇動画がもたらす臨場感


まず、そもそも現時点で「VR劇動画」なるものが存在するか、という問いに対しては、確かに存在すると答えることができます。YouTubeの「Google Spotlight Stories」というチャンネルには、少ないながらVR劇動画が並んでいます。また2015年のトライベッカ映画祭では、いくつかのVR劇動画が出品されています。

現在確認できるVR劇動画は、確かにストーリーを伝えています。しかし、VR劇動画が伝統的劇動画と何ら異なることがないならば、VR劇動画はその存在意義に乏しいと言わざるをえないのは明白です。メディア体験として大差ないのに、わざわざVRヘッドセットを着用して動画を視聴する理由などないはずです。それでは、VR劇動画でしか味わえないメディア体験、あるいは語りとは何でしょうか。

「劇」というジャンルを一時離れて、VR動画全般と伝統的動画を比較すると、そのメディア体験の違いとは視聴者によるカメラワークの可用性(Camera work Availability by Audience)にあります。VR動画の視聴者は、頭を動かして見上げたりあるいは見下ろすと(tilt)、さらには首を左右にふると(pan)、その視線の変化に連動して画像が変わります。この視線に連動した画像変化が、VR動画でしか体験できないバーチャルな臨場感をもたらすのです。こうしたVR動画特有のメディア体験は、VR動画のインタラクティブ性ということができます。

VR劇動画が克服すべき問題


VR動画のインタラクティブ性は、例えば報道動画では威力をいかんなく発揮します。VR報道動画の例には、YouTubeのBBC News Labsが制作している一連の動画があります。

しかし、ストーリーを表現する劇動画では、視聴者によるカメラワークの可用性が伝えるべきストーリーを脅かすものとして働いてしまいます。伝統的劇動画では、複雑なストーリーを伝えるために、作り手がカメラワークを制御して視聴者に適切な視覚情報を提供していました。視聴者は、画面の中央に焦点を合わせて視覚情報を得ていれば、ストーリーが自然とわかるように作られているのです。対して、VR動画では視聴者が自由に焦点を変えることができます。その結果、動画の作り手が見て欲しい視覚情報を見ないかも知れないのです。こうした視聴者がストーリーの脇道にそれる危険性を、伝統的映画監督の巨匠スピルバーグは、いち早く気づきました

長文英語ブログサイトMediumには、VR動画のストーリーテリングについて論じた記事『なぜ現状のVRの「ストーリーテリング」はうまくいってないのか、はたしてそれはうまくいくものなのか』(Why VR “Storytelling” does not currently work. And can it ever work?)が掲載されています。この記事では、VR動画特有のメディア体験がストーリーテリングと対立する特徴をもっていることを分析しています。

ノンゲームのVRコンテンツの開発者である記事の作者ǝʞıɯlǝʇɹɐɔ(cartelmikeの上下反転綴り)は、ストーリーテリングの原風景は焚き木を囲んでの昔話語りにもとめています。焚き木を囲んでの昔話語りの特徴は、以下のようにまとめられます。

 • 話す内容は、既に終わっており現在起こっているわけではないこと
  (内容の完結性)

 • 話し手と聞き手という役割(role)が厳格に決まっていること
  (roleの不変性)

 • はじめ、中間、終わりと順番に話を聞く必要があること
  (内容の時間的不可逆性)

この昔話語りの構造は、メディアの進化を通じてずっと維持されてきました。ストーリーテリングを伴うメディアは、歴史的には演劇、小説、映画と変遷してきましたが、そのいずれにもうえに挙げた特徴が当てはまります。

対して、VR動画のインタラクティブ性がもたらす特徴は、以下のようなものです。

 • リアルタイムに内容が変わる
  (内容の流動性)

 • ストーリーの聞き手は内容に関与できるので、半ば作り手である
  (roleの可変性)

 •見る順番を変えられる(あっちを見てこっち、こっちを見てあっち)
  (内容の空間的可逆性)

ストーリーテリングとVR動画のインタラクティブ性の特徴を表にまとめると、互いに対立していることが一目瞭然です。

ストーリーテリング インタラクティヴ性
内容の完結性 内容の流動性
roleの不変性 roleの可変性
内容の時間的不可逆性 内容の空間的可逆性

ストーリーテリングとインタラクティブ性の対立の歴史


このストーリーテリングとVR動画特有のインタラクティブ性の対立は、実はコンピュータが可能にしたインタラクティブなメディア体験とコンピュータ以前のメディア体験が交差する領域において発生する普遍的な現象です。

ストーリーテリングとインタラクティヴ性の対立の例として良く知られているのが、RPGにおけるストーリーとゲームシステムをめぐる論争です。そのほかの例には、電子書籍が登場した時に新しいストーリー体験を目指して開発されたブックアプリがあります。app storeから『元素図鑑』がリリースされた時、そのインタラクティブ性を最大限に活用したメディア体験に世間(そしてブログ作者も)は驚きました。ただ『元素図鑑』がブックアプリとして成功した原因は、図鑑というストーリーテリングを伴わない内容を扱っていたからです。

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画像や音声を文字と等価なストーリーテリングの構成要素として、新しい語りを目指したブックアプリ『火山人間』。世界的に評価されたブックアプリだが、現在ではこうした試みは途絶えてしまっている。

文芸においては、結局は「豪華な挿絵」を実装したブックアプリしかリリースされませんでした。こうした文芸的ブックアプリの失敗は、ストーリーテリングとインタラクティブ性にあいだに横たわる溝を埋めるのがいかに困難かを物語っています。

話を戻すと、これから伝統的動画には還元されないメディア体験を伴ったVR劇動画を作ろうとするならば、ストーリーテリングとVR動画特有のインタラクティブ性を調和させるような表現技法が必要になるのです。

次回の記事では、VR劇動画におけるストーリーテリングとインタラクティブ性を調和させると技法である「視線誘導」を作品を引用しながら論じます。

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吉本幸記

Author:吉本幸記
元エンジニアのフリーライター。テクノロジー系の記事を執筆している。アートにも関心がある。美術検定3級取得

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